社友のお便り

2015年08月01日 社友のお便り

中東ラクダ事情

位野花 靖雄 (1962年入社)

本稿は、社友会ホームページに寄稿いただいたものではなく、位野花さんが独自に制作・配給されている 中東関係のトピックスを中心にしたニュースレターの中から転載させていただいたものです。


韓国で猛威を振るっていたマーズにようやく終息宣言が出され、沈静化したようです。感染源が中東・北アフリカに生息するヒトコブ・ラクダだということで、ラクダが注目されました。本場中東でのラクダに関連した話題を取り上げてみました。

砂漠の船


 ラクダは「砂漠の船」ともいわれ、古来中東・北アフリカでは移動・運搬の手段として、重要な役割を演じてきました。しかし近代化と共に、ラクダの時代は歴史の中に消えつつあります。キャラバン・ルートも姿を無くし、使われていた井戸も砂に埋もれ消えようとしています。
 ただアラブの人々の心の底にはラクダへの強い想いが残っていて、ラクダを飼育することに誇りを感じている人も多いのです。多くの王族・富豪は、血統書付のラクダを所有していて、一種のステイタス・シンボルともいえましょう。国王や首長が臨席してのラクダレースも盛大に行われています。
 聖典コーランは、「かれらはラクダについていかにつくられたかを見てないのか」(第88章17節:聖クラーン・世界イスラーム連盟)と触れ、神の創造物であるラクダを大切な家畜として考えることをイスラーム教徒に求めています。

交通死亡事故


 そのようなラクダですが、交通事故となると話は別です。
 ラクダと自動車との衝突事故は、中東では珍しくありません。事故が発生すると、残念ですが死亡事故につながることが多いのですが、何故だと思われますか?
 ご存じのようにラクダはすらっとした足、長い足が特徴です。自動車がラクダと衝突すると、ちょうど柔道の技・足払いのようにラクダの足に自動車の前部が当たり、巨大な胴体がフロントグラスすなわち運転席にのしかかってきて、運転手を直撃することになります。あのような巨体に直撃されれば、ひとたまりもありません。運転中ラクダを見たら、スローダウンして安全運転に徹するのがベストでしょう。
 では、なぜラクダの足は長いのでしょうか?
 それは生物の進化と関係があります。砂漠は陽が昇ると共に、地獄と化します。あらゆるものが燃え上がり、日陰でも50℃を超え、地表では優に70℃を超え灼熱地獄となります。
 砂漠からの照り返し・輻射熱は、生きとし生ける物を苦しめます。その熱から逃れるためには、地面から遠ざかること、すなわち足を長くすることしか逃れる方法はありませんでした。長い年月を経て、ラクダの足は環境に順応し進化した結果、長くなったと考えられています。

砂漠の最新エコカー


 最新のエコカーといえば、水素と酸素の化学反応により発電した電気エネルギーを使いモーターを回して走行する燃料電池自動車(FCV)でしょう。有害エミッションがゼロ、ガソリン車に比べ2倍以上のエネルギー効率、電気自動車のような充電は不要、と究極の自動車といわれています。
 ラクダはどうでしょうか?まずエミッション。ラクダの場合には排泄物(オシッコ)に相当すると思うのですが、ラクダは独特の腎臓生理により自分の尿をそのまま排泄しないでリサイクルすることで、オシッコの量を減らし、貴重な水の消費を最小限化しています。
 同時に環境に応じて体温を3度程度上げ、発汗作用で水分が使われないようにし、水をムダに使わないように使用効率を上げています。


 燃料の容量ですが、季節・脱水レベルより異なりますが、何と最高200リッター(一度でなく、数回にわたって飲ませる)まで水(燃料)を体内に蓄えることができるのです。前述したエコシステムで、効率的に水を使い、満タンにすると2週間は給水することなく、時速6km、最高時速20kmで走行することが可能だといわれています。冬場は食物からの水分で十分なので、水(燃料)の補給は不要であり、誠にエコです。
 カーナビはどうでしょうか?ラクダは何百キロ離れても育った土地を認識できるといわれています。生まれながらにしてナビゲーションシステムが埋め込まれているのです。
 また闇夜を見通す目(ヘッドライト)を持っており、安全な夜間移動にも問題ありません。砂嵐の下では自動車の運転は困難となりますが、ラクダは長いまつ毛・開閉のできる鼻を使って悪天候下でも移動が可能です。
 このようにラクダは最新の燃料電池自動車に匹敵する、場合によってはそれ以上の機能を持ち、生きている最新エコカーともいえるのではないでしょうか。
 ラクダは砂漠だけでなく、山岳地帯でも活躍しています。写真はシナイ山頂付近のショットです。四輪駆動車も顔負けです。


ラクダ離婚

 アラブの人々のラクダへの想いは並々ならぬものがあると前述しましたが、その想いが時には離婚へもつながるケースもあるようです。
 妻が夫を愛しているより以上に、父親が所有しているラクダを愛しているとして離婚することになった話を中東のメディアが伝えています。
 事の発端は、夫が妻に心底愛していると吐露したが、彼の期待に反して彼女は、「あなたはいい人だが、父親が飼育しているラクダほどではない」と返答したためです。 男性はその場はガマンし、日を改めて彼女とそのラクダを見に行ったが、相変わらず彼女はラクダを称賛。我慢の限界に達した男性は、「ラクダと暮らすべきで、人間と暮らすに値しない」と離婚を宣言したとのことです。
 オンラインでのコメントは、男の対応は間違っているとする意見が大半でしたが、一部は彼女が傲慢すぎるとの意見もあり、どちらもどちらであるとのコメントも相当あったようです。日本ではラクダではなく犬・猫でもめることになるのでしょうか??

♬月の沙漠をはるばると・・・♪


主要巡礼ルートは、バグダード/ダマスカス/カイロの3ルートであった。

 ラクダといえば、キャラバンを連想される方も多いと思います。イスラームが伝播すると共に、北アフリカ・小アジア・メソポタミヤなどから、大勢の教徒が巡礼のため、聖地メッカ・メディーナを訪れることになりました。移動手段としては、19世紀までは陸路のラクダ・キャラバンが中心で、夏の間は日中の酷暑を避け日没後移動を開始し、日の出まで旅を続けるのが常でした。
 過酷な砂漠を移動するには大きなリスクが伴うため、高度に組織化された運営がおこなわれていました。大規模なキャラバンは次のような構成で運行されていたといわれています。
 船長と同じ絶対権限を持つ、「アミール・アルハジ(Amir alHajj)」(巡礼隊長)と称される人物がトップに立ち、キャラバン全体を率います。彼の配下に、秘書・護衛の兵士・馬子・医者・ガイドのグループがいて、巡礼者を外部からの攻撃から守り、旅の安全・安心の役割を担います。

(註)アラビア語のAmirは、英語admiral(提督)の語源です。

 その他スタッフとして、判事・公証人・食料品調達責任者・シェフ・コックが参加し、旅を快適に過ごせるような手配がなされていました。ミュージシャンが同行し、演奏で旅人の疲れを癒す企画もあったようです。
 現代風に言えば、「ビジネスクラスで行く豪華巡礼ツアー・全行程食事付き、添乗員同行」となるのでしょうか・・・

ラクダ見参


宣伝ビラ 「紅毛来船ハルシア(ペルシャ)国産」と読める

 日本にラクダが上陸したのは、いつ頃なのでしょうか。次のような記録がありましたが、これが最初のお目見えなのでしょうか?
 「1821年、オランダ船が2頭のヒトコブ・ラクダを長崎に持ち込み、興行師が11年間全国を巡業した」とのことで、大勢の人が見物に押し掛けたそうです。
 当時はラクダの毛は「疱瘡(ほうそう)」に、尿は「皮膚病」に効用があると理解されていたとのことです。


過去に掲載された位野花さんからの社友のお便りはこちら


(いのはな やすお・1962年入社・東京都杉並区在住)


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