特別企画

2020年09月10日 特別企画

「テレワーク連句」で遊ぶ

朱牟田静雄 (1964年入社)

 ご存知の方も多いと思いますが、五音と七音から成る日本の伝統文芸の一つに「連句」というジャンルがあります。連句は、メールと相性が良く、家にいながら、いわばテレワークで楽しむことができます。現に、筆者は、このテレワーク連句のおかげで、このコロナ禍と猛暑の夏を、「ステイホーム」しながら結構楽しく過ごしています。拙稿を読まれて、ちょっとやってみるか、という気が起きる方が一人でもおられれば望外の幸せです。

 連句というのは、世界にも類を見ない、複数の仲間と共同で製作する文芸です。その複数の仲間(連衆または連中=れんじゅう=と言います)と、長句(五・七・五)と短句(七・七)を交互につなげていくのです。連句は、本来は「座の文芸」と言われることからもわかるように、仲間が一堂に会して、その場で作っていくものですが、集まる場所が要るのと、特に初心のうちは制作に時間がかかるので、なかなか大変です。ところがパソコンやスマホを使って、「テレワーク」方式でやれば、日数はかかりますが、集まる必要がなく、時間のある時に句を案じ、句が成れば複数の仲間に同時に送ることができ、落ち着いた気分で制作が進められます。誰かが海外在住者でも全く問題ありません。商社マンの仕事とその点同じです。

 筆者は、この連句という文芸に、幼馴染の友達付き合いから始まった結社を通じて45年近く取り組んできて、今や人生に不可欠なものになっているのですが、この結社以外の何組かの友人たちと(経験だけは長いので)、指導者というのはおこがましいのですが、捌き役を引き受けて、コロナ騒ぎ以前から、テレワーク方式の連句を楽しんでいます。コロナ禍が起こってからは、このテレワーク方式連句の意義をより強く感じながら取り組んでいます。このうちの1組は、筆者が所属していたエネルギー部門出身者を中心にした俳句愛好会所属の仲間のうちのお二人(俳号・典子さんこと武井典子さんと、同じく朱広さんこと野田忠弘さん)と筆者(俳号・恵洲=けいしゅう=)での三吟です。典子さんは今、スウェーデン在住ですが、テレワークで問題なく一緒に楽しんでいます。
 本稿はその三吟を文末に掲げて鑑賞していただくのが主目的ですが、鑑賞に最低限必要と思われる、連句特有の用語や規則(「式目」と言います)をざっと説明させていただきます。

 連句には、構成する長短合計の句数により、百韻、五十韻その他の種類がありますが、最もポピュラーなのが、長短計36句から成る「歌仙」と呼ばれる形式です。これは、かの芭蕉によって確立され、広められた形式で、我々が取り組むのは大抵この歌仙形式です。なお、案外知られていませんが、芭蕉はよく知られている多くの俳句よりも、むしろ弟子などと巻いた(連句を作ることを「巻く」といいます。)歌仙形式の連句の方が得意だったのです。

 歌仙36句の構成は、次のようになっています。

 初(しょ)の折18句。うち最初の6句を「表六句」、残り12句を「初の折の裏」と言います。 
 名残(なごり)の折18句。うち最初の12句を「名残の折の表」、最後の6句を、「名残の折の裏」と言います。

 「折」という言葉は、昔は連句を筆記していくのに、懐紙を2枚用意して、横長に二つ折りにしたものの表・裏計4面に書き留めていったからのようです。

 36句の最初の句を「発句」と言います。この発句が独立したものが俳句です。俳句という呼び方は明治に入って正岡子規が始めたもので、江戸時代は発句を独立させて作ったり鑑賞したりする場合でもそのまま「発句」と言っていました。
 2番目の句を「脇(句)」、3番目の句を「第三」と言います。
 36番目の句を「挙句(あげく)」と言います。「挙句の果て」という日本語の語源はこの「挙句」です。
 名前が付いているのは、この4句だけでその他の32句は「平句」(ひらく)と言います。役職の付いていないサラリーマンを「ひら」と呼ぶのも案外、この平句から来ているのかもしれません。

 連句の一番の要諦ともいえ、難しくもあるのが、長句、短句、長句、短句‥と連ねていくやり方(これを「付ける」と言いますので、付け方ですね)です。先に、連中による共同作業と言いましたが、36句を使って一つのストーリーを作るわけではないのです。直前の句に自分の句を「付けて」行くのですが、長短合わせて三十一文字の短歌を作るというのでもありません。むしろ、長句も短句もそれぞれが独立した世界になるように、いわば、それぞれが「句」として鑑賞できるように作るのが良いのです。自分が前の句に「付ける」際には、その前句をよく読んで、そこから得られるインスピレーションをもとに作ります。長句、短句それぞれが独立した句として成り立つと同時に、二句並べて読むと、そこにまた一つの世界が見える、というのが良い付け方です。

 以下、式目のうちでも基本的なものを列挙します。

 発句は、俳句のもとになったぐらいですから、必ず当季の季語を入れます。
 脇は、脇役というぐらいですから、発句に寄り添い、同じ季の季語を入れます。
 第三は、逆に飛躍を旨として、前2句からは「離れる」ことが大切です。「て止め」といって、最後を「て」で止めるようにするのが普通です。

 36句のうちに四季がすべて入るようにします。最初の6句(表六句)は、発句(何の制限もありません)は別にして、老とか死とか恋とか、あまりシリアスな題材の句は避けて「軽く穏やかに」運び、初の折の裏12句と名残の折の表12句は自由奔放に、面白く運びます。最後の6句(名残の折の裏)はまた、段々穏やかに終わっていくようにします。表六句、初の折の裏12句、名残の折の表12句、名残の折の裏6句で、起承転結の感じになるのが良い形です。

 季語は自由に選んで、全体に変化に富むように色々用いるのがいいのです。必ず春夏秋冬の四季が入るようにします。季語の中で一つ特記すべきは、和歌の時代から最重要の題材とされてきた月と花(ただ花というと桜を指します)を詠む箇所が決められていることです。月の定座(3か所)、花の定座(2か所)です。それぞれ秋と春を代表する季語ですが、3度も秋の月が入ると「飽きの月」になってしまうので、一つは秋以外の季節の月を詠むのが普通です。なお、定座は「じょうざ」と読みます。
 挙句の直前に最後の花の定座があるのですが(名残の花、または、匂いの花などといいます。昔はここに差し掛かると香を焚いたりしたので匂いの花というらしいのです)、ここは華やかに詠んでほしいところです。ここの花を受け持つのはとても名誉なこととされます。「花を持たせる」という日本語の由来でもあります。

 和歌の時代から、恋の歌は不可欠でした。連句の中にも恋を詠んだ句が入った方が面白く、不可欠と言っていいと思います。場所は決まっていませんが、表六句と、名残の裏は避けた方が良いとされます。

 違う季節の句は並べられないので、無季の句を挟みます。無季の句を雑(ぞう)の句とも言います。36句のうち相当数(例えば半数とか)が雑の句になってもいいのです。

 長句短句を交互に続けていき、隣同士の句は付いている、つまり関係があるのですが、それ以前の句とは離れていなくてはいけません。同じような世界にどこかで戻ってしまうのは、輪廻などと言われて最も嫌われます。つまり、どんどん世界が変わっていくのが良いのです。

 その他の式目は省略します。一言慌てて付け加えますと、このような面倒な式目を覚えてからでなくても、最初はとにかく、誰かが俳句を一つ詠んで、別の誰かがそれに寄り添うような「脇」を付けたら、後は、どんどん変化することを第一義として、前句から得たインスピレーションゲーム、長句、短句を並べて行く「遊び」と考えて気楽にやっていただければよいと思うのです。
 連句の順番の決め方には、野球の打順のように決められた順番に沿って進めていく「膝送り」という形式と、その都度各自が考えて、できたら捌きに提出して捌きが採否を決める「出勝ち」という形式がありますが、みんなでテレワークで遊ぶ(遊びなのでテレワークではなくてテレプレイですかね)には、膝送りが向いていると思います。

 文芸(詩歌)の一種なので独りでやればいいものを、複数のグループで進めていく連句では、自分では思いも付かない発想や、表現を自分以外のメンバーが思いついてくれることで、他人(ひと)様ってえらいものだなあとつくづく感じさせてくれます。連句の面白さ、醍醐味は他人様の思いがけなさ、面白さだと言っても過言ではないと思います。
 連句参加者に人数の制限はありませんが、あまり多いと順番がなかなか回ってこないので面白くなく、二人(両吟と言います)だと忽ち順番が回ってきて忙しいので、3人から6人程度で巻くのが経験上、一番面白いように思います。


左:HP元編集委員長の故・市村雅博さん、右:筆者。
手前のオートバイは市村さんから朱牟田がいただいた、同氏の力作プラモデル。ハーレー・ダビッドソンとホンダのバイク。

 先に申し上げたように、典子、朱広、恵洲の三吟を別掲します。このグループではまだ3回目ぐらいの最近作です。開始(起首)本年5月7日、完了(満尾)仝7月20日、所用日数約2か月半でした。前述のごとく、3人とも同じ俳句のグループの仲間なので、五音、七音にはなじみがありますが、連句については典子さんの経験はまだ浅く、朱広さんに至っては全くの「素人」でした。典子さんの知性を感じさせるひらめき、朱広さんの持ち前のユーモアのセンスが句に表れ、連中3名のそれぞれの個性が発揮され混じり合って楽しい作品になっていると思います。一読いただいても、前の句とどこが、どうして付いているのか、なかなか分からないかと思いますが、世界が変化していく様を感じ取っていただければ幸いです。



(しゅむた しずお・1964年入社 東京都在住)


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