新春企画

2022年01月01日 新春企画

私の丸紅、愛

上宮 新一郎 (1975年入社)

星野監督と一緒にゴルフ
2009年夏 米国ワシントンDC

 新年明けましておめでとうございます。
 寅年です。
 入社して間もない頃、お昼休みにガムを配って机を回る生命保険のオバサン(今様にいうなら生保レディか)から、「あなた、丸紅社員の平均寿命は64.2歳よ、早く保険に入っておきなさい。」と言われて以来今も保険料を支払い続けてついに6回目の年男となりました。
 会社人生を振り返って、良い会社に入って良かったと日々丸紅に感謝しています。
 丸紅は、「良き同期」、「良き友」、「良き先輩」、「良き上司」、の良き会社です。
 商社は人と言いますが、社員の個々人の能力、人間レベルが高く、信頼して安心して楽しく仕事をすることができました。
 入社をして新入社員研修で良き仲間・友ができ、独身寮では先輩の薫陶を受け、配属されては上司の温かい指導を受けて仕事を学び、社会人として成長をさせていただきました。
 国際的な業務の部門(機械第一本部、後にエネルギー本部、原子力)であったため多くの国を訪問し文化を学び多くの人と出会い今もメールを交わし交流を続けている人たちがいます。
 特に合計10年以上駐在した米国ワシントンDCを中心に米国やカナダに友人が多く、コロナのこの2年間を除いては毎年夏には妻や孫も一緒に出かけて、一緒にゴルフをしたり野球を観戦したり食事をしたりして旧交を温めてきました。
 これらは全て丸紅で働いたおかげです。


 また今私が恩恵を被っているのは、入社時に受けた新入社員研修です。
 貿易実務、簿記、債権保全、ビジネス英語等の基礎授業です。
 当時はせっかく社会人になったのにまたテストかと少々ウンザリしていましたが、これが今になって大きく役に立っているのです。三つ子の魂百まで、でしょうか。
 私は60歳で丸紅を退職して、68歳まで東芝米国原子力会社に勤務(3回目のワシントンDC駐在)して、2018年末に東芝を退職して米国から帰国しました。
 帰国して2年ぐらいゴルフとTVの生活を送っていましたが、ふとしたことで大阪の町工場(ベンチャー)の先進的な環境技術を世に出すことを手伝うように頼まれました。2021年2月のことです。それ以来、経営戦略全般、海外へのビジネスの展開、社員の教育にいたるまで幅広い業務を請け負うこととなりました。
 これに、丸紅の社員教育、風通しの良さ、若手の意見を良く聞くことと温かい指導、などの良き社風が良きお手本なのです。
 実務的には、ビジネス英語、国際的な契約書の作成、輸出・船積みの手配、損益計算、資金の手当て、新規ビジネスの開拓、ビジネスモデルの作成、債権保全、信用調査、実際の交渉、これら全てに丸紅で受けた教育と業務経験が活きてきます。
 これらの精神と実務能力を全ての社員に伝えようと直接指導をしています。
 丸紅に勤務することで身についたものを、将来上場を目指す大阪の町工場に植え付けたいと日々奮闘しています。
 2021年の2月からは、週末は東京の自宅、平日は大阪のホテルに泊まって新幹線で往復をする生活を送っています。


最近の孫と私

 この町工場発明の技術は、全てのゴミを分別無しに、(焼却をせず)熱分解で処理をして、樹脂系のものは再利用可能な油として回収し、有機物はカロリーを持つ炭(即ち炭素を固定)として回収できる画期的な装置です。
 100万都市にも対応可能な容量です。
 最小の1トン処理機は10トントラックの荷台に載せたまま操業可能で、どこの海岸でも車を停めて海ゴミ・海洋プラスチックも分別無しに処理可能です。
 酸素を使った焼却処理ではないので、CO2もダイオキシンも出さずに処理します。
 もう日本に化石賞なんて言わせません、と意気込んでいます。

 丸紅に勤務することで学んだり知り得たりした文化や人、これらは私の貴重で得がたい財産となっています。
 温かかった上司や先輩、一生の友である同期の友人と仲間達、これからも私の大きな人生の財産です。
 丸紅は、人に優しく人を育てる温かい会社です。
 丸紅への感謝とともに、この丸紅の良き社風を永遠に大事にしてもらいたいと願っています。

 2022年が丸紅にとっても皆様にとっても、より良い年になりますことを願っております。

(うえみや しんいちろう・1975年入社・東京都在住)


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