新春企画

2017年01月01日 新春企画

太陽は誰をも平等に愛している

瀧田 正勝 (1969年入社)

筆者近影

 今年で6回目の年男を迎えましたが、平成17年(2005年)に5回目の年男を迎えた時は、2度目の駐在でインドネシアのジャカルタに居ました。その年の3月に帰国しましたので、既にジャカルタを離れて12年が経ったことになります。

 帰国後、インドネシア語を話す機会はあまりありませんでしたが、先日たまたま、地下鉄の車中で若いインドネシア人旅行者の団体と一緒になり、小生がインドネシア語を話せるらしいと分かると、次々と矢継ぎ早に話し掛けられました。こちらもすかさずインドネシア語で対応したのですが、言葉がスムーズに出て来ず、イライラする状況の中で、12年の月日の長さをしみじみと実感した次第です。

 思い起こせば、1975年、最初のジャカルタ駐在に先立って、当時お付き合いのあったメーカーの次長さんから、折りに触れてインドネシア語に関する数々のうんちくを聞かされました。この次長さんは戦前に外語大学でマレー・インドネシア語をアラビア文字で学んだ方で、日本語とインドネシア語の関係を面白おかしく話してくれたのです。

 曰く、「火がメラメラ燃えるって言うけど、このメラメラはどういう意味だか分かるかな?メラはインドネシア語で赤だから、アカアカと燃えるという意味なんだヨ」。小生は、あっけにとられるばかりでした。

 「伸るか反るかってよく言うけど、この意味分かる?インドネシア語には、ヌルガ(地獄)とスルガ(天国)という言葉があるんだけど、インドネシア語で解釈すると、この日本語の意味やニュアンスも分かってくるでしょ?」。

 「長崎チャンポンのチャンポンも、インドネシア語のチャンプール(混ぜるの意)からだと思うよ」。インドネシア語にあまり縁がなかった当時は、キツネにつままれたような話ばかりでしたが、一方で日本語の中にインドネシア語を語源とする言葉が幾つもあるんだと、妙に感心したことを覚えています。

 この次長さんから聞いたうんちくの中で最も印象深かったのが、沖縄民謡で有名な囃子言葉、『マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨー』に関する話でした。

 「このお囃子の意味は、滝チャンがジャカルタに行って、インドネシア語を勉強すればすぐ理解できるようになるヨ、大変ロマンチックな意味だしサ」。次長さんの解釈では、この囃子言葉は、「太陽はあなた方誰をも平等に愛している」という意味だと言うのです。その当時、この民謡の全部の歌詞は知りませんでしたが、この囃子言葉については聞いたことがありましたので、これをインドネシア語で解釈すると、こんな素敵なフレーズになるんだと小生の心に深く残り、これから赴任するインドネシアという国に、大いに親近感を覚えたものです。


自宅ベランダから望むダイアモンド富士

 その後ジャカルタに赴任、仕事が終わると、インドネシア語習得のために、前任者が用意してくれた元ミスジャカルタの美しい家庭教師のもとに、いそいそと通い始めましたが、勉強するうちに、インドネシア語で、「マタ」は「目」、「ハリ」は「日」で、「マタハリ」は『太陽』という意味であること、「チンタ(ダ)」は「愛する」、「カム(ヌ)」は「あなた方、皆さん」、「サマ(シャマ)」は「等しい、平等に」ということを知り、次長さんが言っていた、お囃子の言葉の意味が、大まかながらもすぐに理解出来ました。「太陽はあなた方誰をも平等に愛している」、この印象深いフレーズは、南国のゆったりとした心温まる情景を浮かび上がらせ、インパクトのあるロマンチックな言葉として、小生の脳裏に深く刻み込まれたのです。

 ところで、このフレーズが含まれる沖縄の民謡とはどんな歌なのか、そんな疑問が湧いて調べてみました。その結果、「安里屋ユンタ」(あさとやユンタ)という沖縄県八重山諸島の竹富島に伝わる古謡に、この囃子言葉、あるいは合いの手が含まれており、これが、1934年、「新・安里屋ユンタ」(星克作詞、宮良長包作曲)という形に作り替えられ、今日まで多くの歌手に歌い継がれているということを知りました。一方、この囃子言葉の出所を調べる過程で、発祥の地、竹富島では、この言葉は八重山方言の古語で「また逢いましょう、美しき人よ」という意味であるというのが定説となっており、インドネシア語を語源とするという解釈は、単なる風説に過ぎないとされていることが判ったのです。これにはドッキリ、かつ少しガッカリしたことを覚えています。

 しかしながら、小生としては、今から40年余り前に尊敬する先輩に教えて貰った、「太陽はあなた方誰をも平等に愛している」という解釈を、いつまでも心の中で大切にしたいと考えています。それは、これほど単純な単語の組み合わせにも拘わらず、一連の言葉になると強いインパクトを持って、感動的でロマンチックな意味を持つフレーズになっていると感じるからです。これは南国の庶民が長い時間を掛けて紡いできた、人生・社会哲学とでも言えるものがお囃子の形に昇華した結果なのではないかと、自分勝手に妄想して悦に入っています。小生にとってこのフレーズは、解釈の正当性や俗説とかを超えて、心の中に確固たる存在感を持ったものになっています。ひとりよがりかも知れませんが、このフレーズが南のシルクロードを通って、どのように日本にまで達したのかと想いを巡らせるだけでも、どこか庶民の持っている粘り強さと強い生命力を感じさせ、明るく希望に満ちた未来の世界まで思い起こさせてくれます。更には、ロマンチックな気分にもさせてくれて、心が躍ります。

 平成29年丁酉(ひのととり)の新春を迎えましたが、こんな「初夢」をみました。それは、グローバル社会の進展とともに様々な格差が拡大し、環境問題の深刻さが一層増しているといった困難な世相の中で、この「マタハーリヌ チンダラ カヌシャマヨー(太陽はあなた方誰をも平等に愛している)」という囃子言葉を、老若男女を問わず、みんなで口に出し合い嬉しそうに挨拶を交わしているという新春の情景、そんな初夢です。

 本年も社友の皆様にとって良いお年であることを願っています。

(たきた まさかつ・1969年入社・東京都小金井市在住)


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