新春企画

2018年01月01日 新春企画

沖永良部の西郷どん

上村 哲夫 (1960年入社)

集合写真:沖永良部の西郷さん像と、
薩摩士魂の会など西郷さんを慕う
メンバーたち。右から3番目が筆者

 年とともに何かと鹿児島への里帰りが増え、昔の遊び仲間と芋焼酎で語り合えるのは何よりも嬉しい。痛飲した翌朝は西郷終焉の地城山に登り、桜島からの朝日を浴びる。眼下の錦江湾は、僧月照と西郷が身投げした海、薩英戦争の現場であり、幕末から明治維新が偲ばれる。

 来年は明治維新から150年、NHKの大河ドラマに「西郷(せご)どん」が放映されることになった。西郷どんが故郷城山でその偉大な生涯を終えてから140年、逆境にあってなお人を愛し、「天は人も我も同一に愛し給う故、我を愛する心をもって人を愛するなり」と。また「天を相手にして己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし」との教えを残した。しかし、この2-3年、戊辰戦争に勝利した薩長史観への疑問や批判が多い。例えば、「西郷は暴力革命を推進した武闘派」、「西郷はテロリスト」とするものなどである。戊辰戦争、明治維新に対する批判には成程と思わせる主張もあり、興味深い指摘もあるが、やはり納得しがたい。何故なら内村鑑三は、「代表的日本人」の中で、最初に西郷を挙げて紹介、新渡戸稲造は、ルーズヴェルト大統領から「日本にはリンカーンのような正義感の強い人物はいないのか」との質問を受けて、西郷の名を挙げたと伝えられている。最近の研究により、かつて習った日本史の常識や定説が大きく揺らいでいるとされる現在、西郷の言行録「南洲翁遺訓」が、地元薩摩の人たちの手になるものではなく、戊辰戦争で最後まで戦って敗れた、庄内藩の人たちの手で書き残され、旧藩士6名が全国を行脚して有志に頒布されたという事実をもって、その意味するところは大きいと思う。

 西郷は、誤解から島津久光の逆鱗に触れ、沖永良部島に流罪となった。数年前、我々「薩摩士魂の会」の一行10名は、この地を訪問、西郷神社に参拝して、吹きさらしの野外に建てられた牢屋を視察した。生死を彷徨う過酷な牢屋生活の中で、西郷は「獄中感有」の詩を残した。

「朝蒙恩遇夕焚坑」 朝に恩遇を蒙り夕に焚抗せらる
「人生浮沈似晦明」 人生の浮沈は晦明に似たり
~(中略)~
「生死何疑天付与」 生死何ぞ疑はん天の付与なるを
「願留魂魄護皇城」 願わくは魂魄を留めて皇城を護らん


西郷さんが一年半耐え忍んだ牢獄跡

 島の役人の機転により座敷牢に移った西郷は、島の蔵書や持参の蔵書で学問に励み、精神を鍛錬し、天地自然の理を悟り、「敬天愛人」の大思想を完成させた。西郷が島の人に社倉法を教えたことは有名だ。豊年の年、高倉にふんだんに作物を蓄え、飢餓の年にその蓄えを皆に配給する、大事なことは、皆が心を合わせて協力し合うことであると教えた。西郷の訓えは年を経て島中に浸透、島の人たちは、今も極めて温厚、親切、正直である。

 島の北端にある日本一のガジュマル(天然記念物)見学のため、国頭(くにがみ)小学校を訪問した。ここでは、学び舎に寄せる島の人々の気持ちを知る。ガジュマルは、1898年に第一回卒業生により植えられ、子供たちにより大事に育てられている。校歌の歌詞が素晴らしい。


♪国頭小学校校歌(抜粋)  
おどる黒潮 はてしなく 百合の香かおる みんなみの  
おおみの はなの 学び舎は よい子と ともに 朝がくる  
(中略)
緑色こき ガジュマルに ゆたかな夢をひろげつつ
よい子は はげむ ひとすじに
(中略)
知恵をみがいて すくよかに のびる体に 力わく
窓辺によりそう まなこには よい子の幸が 光ってる
希望にもえる 国頭校


二体の像がある写真:国頭小学校の
塩汲みの母親像

 貧しい島の生活を支えるため、昔、島の母親たちは海水をサンゴ礁に掛け、そこで採れた塩の結晶を売って生活の足しにしていた。そのような母の姿をテーマにした銅像が校門の傍に立っていた。このような母の姿を朝な夕なに見て子供たちは育っている。一行訪問時はたまたま昼食の時間帯であった。子供たちは三味線を引き、島唄を合唱する。奄美本島と違い、若干哀愁を帯びた音色。島を愛し、誇りに思い、心こそが大切であると教わりながら育っている。西郷どんの教えの原風景を見る思いであった。

 今年は、西郷生誕から190年、昨年12月3日、神奈川大学吹奏楽部を招き、東京上野公園の西郷の銅像(高村光雲作)前で、盛大な生誕祭が執り行われた。南の島沖永良部島からも多くの方々が参加、島唄やヤッコ踊りが披露されたほか、神事も加え、盛大に祝うことができた。今年は戌年だが、西郷は大の犬好き。上野の銅像は、和服姿、草履履きの出で立ちで、左に脇差、右手に愛犬を引き連れる。沖永良部の西郷どんも、全く同じ姿であった。林真理子の描く、NHKの大河ドラマ「西郷どん」が楽しみだ。


上村 哲夫  (かみむら てつお・1960年入社・東京都中野区在住)


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