社友のお便り

2015年05月01日 社友のお便り

イエメンこぼれ話

位野花 靖雄 (1962年入社)

 内戦状態に陥ったイエメン。サウジアラビア・イランが絡んで複雑な様相を呈しています。イエメン政情については詳しく報道されているので、日頃メディアで取り上げられていないイエメンの一端を紹介したいと思います。
 「イエメン」と聞いて何を連想するかと問われて、「シバの女王」と答えた方は、相当イエメンに興味を持ってこられた方だと思います。年配の方だと、ユル・ブリンナーとジーナ・ロロブリジーダが共演した映画「ソロモンとシバの女王」を想い出される方もおられるでしょう。音楽好きの方なら「シバの女王」のメロディを連想されるかも知れません。
 現代でこそアラビア半島の片隅に取り残された最貧国ですが、紀元前の時代は中東の交易の中心として繁栄し、豊かな文明を育んできた土地なのです。

シバの女王と香料

 旧約聖書(注1)は歴代誌でシバ(シェバ)とソロモンとの出会いについて、触れています。
 「シェバの女王(注2)は主の御名によるソロモンの名声を聞き、難問をもって彼を試そうとしてやってきた。極めて大勢の随員を伴い、香料、非常に多くの金、宝石をラクダに積んでエルサレムに来た。・・・女王が贈ったほど多くの香料は二度と入って来なかった」
 シバの女王が統治していたころのイエメンは、黄金に匹敵する貴重品として取り扱われていた乳香・没薬の産地であり、インド産香辛料などの集荷地・中継基地としても繁栄を極めました。イエメンから古代エジプト、ギリシャ・ローマへと輸出されていました。
 香料はもともと神への感謝のための祭儀に焚いたのが始まりで、宗教儀式に欠かせないものでした。新約聖書にも、「キリストに黄金・乳香・没薬などの贈り物を捧げた」と記されています。香辛料は、食物の保存とか燻製物・乾燥物の味付けに重宝されました。
 古代エジプトは香料文化が非常に発達した土地でした。時代は違いますがクレオパトラは愛用していたキフィと呼ばれる乳香・没薬(注3)などを調合した香料を、薔薇の風呂に入った後、身体にふりかけたと伝えられています。香料文化がまだ浸透していなかったローマのシーザーやアントニウスが彼女に「イチコロ」になったのも、彼女の美貌だけではないのではと想像していますが・・・。
 このような貴重品はアラビア半島経由、エジプト・メソポタミアへと運ばれたのですが、それには危険なアラビア半島(現サウジアラビア)を横断しなければなりませんでした。北アラビア人は、ここに広大な輸送ルートを作り上げました。危険をヘッジするために、共同出資で時には数百頭からなるキャラバンを編成し、各地に隊商が泊まるキャラバン・サライが建設されました。
 紀元前4世紀アレクサンダー大王は、東方遠征に乗り出すのですが、その際香料の宝庫サバ(シバ)国を征服しようと試みましたが、広大な砂漠に阻まれ断念したと伝えられています。
 乳香は今でも貴重なお香の材料として使われていますが、良質の乳香の産地は隣国オマーンに取って代わられました。

カート


カート(右が筆者)

イエメンを語る時、忘れてはならないのはカートです。カートとは一見榊(さかき)の葉に似ている草木です。
 このカートの若葉を噛み砕きながら、どんどん口の中に頬張ります。
時折水またはコーラを飲んで、葉から出てくるエキスを飲み下します。葉っぱ自体は食べません。何十枚、何百枚の葉を口に頬張るのですから、頬が「こぶとり爺さん」のように膨らんできます。初めて見た人は風土病ではないかと感じる人も多いと思います。
 ほとんどのイエメンの男性は、毎日昼食が終わった2時か3時ごろから自宅、友人、親戚宅に集まってきて、カートを噛み始めます。どの家にも大きな居間があり、絨毯を引いた床に胡坐をかいて座り、持参したカートの葉をもぐもぐ噛みながらおしゃべりを始めます。
 このカート茶会は、イエメン社会の核であるといえます。そこでは日々の情報が交換され、友人との絆が確認され、参加者メンバーによっては重要な政治的決定も行われます。


山頂まで耕された段々畑が美しい

 カートがどのような効用があるのか、何度も現地の人に勧められてトライしましたが、苦くて到底飲み下すことができませんでした。現地の人の話では、頭が冴えるとか眠気が取れるとかとのことで、一種の覚醒作用があるのでしょう。皆饒舌になり,その内だらっとした倦怠感を感じるようで、静かになりお開きになるのが常です。戦火の下でも、カート茶会だけは変わらないで開かれていることでしょう。
 カートはイエメン経済に深刻な問題を投げかけてきました。カートは湿度・天候・高度などの点でコーヒーと耕作可能な条件が同じため、農民たちはコーヒー栽培を止めて、手軽に現金が入るカート栽培に移ってきました。イエメンにとり重要な外貨獲得手段であるモカコーヒーの作付面積が減るという深刻な問題が起こっているのです。

世界遺産


旧市街スークの売り子もジャンビーヤを佩刀している。男・自由人としての誇り、象徴。14歳になると携帯する。両刃、刃の中央にミゾがある。高価なものは、百万円単位になるとのこと。

 イエメンには世界遺産が2か所あります。その一つが、首都サナア(サヌア)の旧市街。
高度2300メーターにあるので、灼熱の隣国サウジとは違って、一年中爽やかな気候をエンジョイできます。サナアは現存する世界最古の町ともいわれていますが、風景も行きかう人々も中世にタイムスリップしたのではと感じさせるのに十分です。
 男性はフータと呼ばれる腰巻。それに背広と短靴が何ともチグハグだが、へその下あたりにジャンビーヤと呼ばれる短剣をぶち込んでかっ歩している。何百年も前に石としっくいで建てられた重厚な家々は、今でも人々が住居として使っています。電線や走り回るバイクがなければ、突然中世の世界に放り込まれたような気持ちになります。


機会があれば、更なるイエメンの魅力を紹介したいのですが、それまでにイエメン国が溶けてなくなるのではと心配する今日この頃です。

 注1:新共同訳・聖書
 注2:女王の出身地については諸説ある
 注3:乳香は南アラビアの常緑樹フランキンセンスの樹から採れる乳白色のゴム樹脂。
    没薬は西南アラビアのトゲのあるコミフォラ属の樹から採れる樹液。
    殺菌力が強く、古代エジプトではミイラを作るに重宝された。
    現代では、歯磨きや香水の香りづけとして広く使われている。


過去に掲載された位野花さんからの社友のお便りはこちら


(いのはな やすお・1962年入社・東京都杉並区在住)


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