2025年の11月から12月にかけて、「24日間世界一周」に行って来ました。高校時代のオトコヤモメ仲間が思い立ったプランの尻馬に乗りました。世界一周といっても船旅でイメージされるゆったりしたものではなく、11カ所の宿を転々として2~3日ごとに飛行機に飛び乗る忙しい旅でしたので搭乗距離は4万マイルを超えましたが、ビジネスクラスに乗れるスターアライアンスの「世界一周チケット」だったおかげで、機内の多くの時間はフルフラット席にお楽に寝そべって映画を楽しんでいました(計16本を視聴しました)。
ルートは、成田⇒トルコ⇒アフリカ南部4カ国(南アフリカ・ジンバブエ・ザンビア・ボツワナ)⇒南米(ブラジル・アルゼンチン)⇒北米(カナダ)⇒ハワイ⇒成田という西回りで大西洋・太平洋を渡り、赤道を2回越えました。
さすがにフライトとホテルは予約してから出発しましたが、現地での行動はできるだけ身軽に、ほぼ「着いてから決める」スタイル。バスや電車の乗り方は現地で教わりながら、荷物は8㎏の機内持ち込みサイズのスーツケースだけ、という古稀を過ぎてもちょっと学生時代のノリでした。
楽しかったのはトルコの人懐っこさ、美味しかったのはアルゼンチンのステーキ、凄かったのはイグアス滝の水量、そして驚いたのはジンバブエの近代的なスーパーマーケットでした。感じたことを少しずつ書いていきます。
ホスピタリティ溢れる国民とは聞いていましたが、我々外国人旅行者が困った風情でいるとどんどん声を掛けて助けてくれます。地下鉄のゲートにスーツケースが引っ掛かってしまった時にはそれを頭の上まで持ち上げて通してくれたし、道案内もしてくれました。親切が過ぎて距離を詰められてしまう感じもちょっとありましたが‥‥。嬉しかったのはイスタンブールのガラタ塔という観光ポイントに向かう坂道で、ヒジャブをまとった10代後半の丸顔女子と目が合って、「コンニチハ」と話しかけられたこと。日本語を勉強しているとのことで、坂を登りながら会話を交わし笑顔で握手してお別れしました。彼女のおかげでトルコの人を大好きになりました。いっしょに写真を撮らなかったことをいまだに悔んでいます。
アルゼンチンは、広大なパンパ地域の肥沃な土地を活かした世界有数の牛肉生産国で、栄養価の高い牧草を食べて育つためその味わいは世界一とも評されるそうです。出かける前にブエノスアイレス駐在経験者に「どこで食べたらいい?」を聞いておき、かつては米国大統領がお忍びで来店していたというその店を予約してランチに出かけました。注文の最小サイズは360g。年寄り二人は思わず顔を見合わせてしまいましたが、食べ始めたら味にうるさい相方が「これはうまい」を連発。それぞれが注文したサーロインとリブステーキをペロリ、完食しました。食事の後はパリを思わせる街並みを歩き、夜はタンゴのショーへ。最も美味しく洒落た思い出が詰まった街となりました。
世界一周旅行の密かなテーマが「世界三大瀑布を観る」ことでした。落差108mからの巨大な虹が迎えてくれたビクトリアの滝では、ジンバブエ側の1㎞余の展望散策路や国境の橋を渡ったザンビア側からも眺めましたが、惜しむらくは渇水期。また雪と樹氷の白に囲まれていたナイアガラ滝も水量の少ない季節でした。それに比してイグアス滝は最も迫力のある時期に当たりました。初日はブラジル側で滝壺に突き出す桟橋で滝に囲まれ、2日目と3日目はアルゼンチン側で1㎞ほどの橋を渡って毎秒数万トンの水が落ちるという「悪魔の喉笛」に対面しました。これまで見たことのない量の水が、轟音・地響きと共に深い裂け目に吸い込まれていく光景は破壊的なエネルギーを感じさせるものでした。その凄まじさをもっと感じたくて数㎞の遊歩道で滝を上から下から眺めたり、ヘリコプターから俯瞰したり、またボートで滝に打たれて全身ずぶ濡れにもなりました。丸3日間、イグアス滝に憑かれていた気分でした。
ジンバブエにはビクトリア滝とサファリツァーの観光のために赴きましたが、私の中では10数年前まで年率2億パーセントというハイパーインフレが起き100兆単位の紙幣が発行されていた経済的困窮の国という認識が残っていました。そのため、滞在したビクトリア・フォールズという小さな町に「スーパー」マーケットがあると聞いても、モノの乏しい小さな店舗をイメージしていました。ところが出かけてみると、生鮮を含めた食料品や日用品に溢れた巨大なショッピングセンターで地元の買物客がマイカーで次々と訪れ、隣りにはワイン専門の別棟までありました。私たちはお釣りの出ない米ドルで買物をしましたが、モバイル決済も相当に普及しているようでした。事前の想像とかけ離れ「百聞は一見にしかず」を最も強く感じたのが、このスーパーマーケットでした。
気温33℃のイグアス瀑布での滝浴び、そしてマイナス12℃だったナイアガラ滝沿いの凍結路での転倒と、気温差45℃の上下で事故に遭ったためカメラを2台ダメにしましたが、それも含めてメイドのみやげになりました。
行く先々でたくさん刺激を受けたせいか、帰国時にはだいぶ賢くなったような気がしていました。おまけに何本もの10時間級フライトでのニコチン禁断症状を危惧するあまり、出発前に禁煙に成功していましたので、6度目の年男も元気に過ごすことができそうです。
(しらいし じゅたろう・1978年入社・東京都在住)
24日間の世界一周旅行のエッセンスを、21枚の写真でご覧いただきたいと思います。
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