趣味のコーナー

2022年10月13日 趣味のコーナー

私の趣味 ギフチョウの思い出

宇野 和孝 (1963年入社)

筆者近影

 私は小学生のころから昆虫少年であった。家は京都東山高台寺の麓にあった。円山公園から清水寺へ続く山道にはたくさんの昆虫がいた。中学生になり生物部に入ってから蝶の採集に拍車がかかった。中学生になると東山の花山天文台へひとりで出かけるようになった。二年生の春の日曜日のこと、将軍塚から花山天文台へ続く道でヒラヒラと地上すれすれに飛ぶ蝶の姿を見つけた。何とギフチョウではないか。心臓が高鳴った。あとをつけてゆくとギフチョウは稚児ヶ池に注ぐ小さな谷筋に身を伏せた。何かにとまった。じっと眺める。しばらくすると腹部をまげて草の裏に押しつけ始めた。産卵であった。ギフチョウが飛び去り、葉の裏に卵があった。真珠のごとく輝いている。十数個はある。それに見とれてしばらくはボーとしていたことを覚えている。これが私のギフチョウとの出会いであった。

 ギフチョウは4月末に卵をカンアオイに産みつけ、黒々とした幼虫は5月末までカンアオイを食べ、蛹になって翌年4月初めまで10ヶ月もの間どこかに身を潜ませ、春の花々が咲くころに羽化する。羽根の模様は黒と黄色の縞模様、羽根の下部の紅色の斑点がおしゃれに映る。10ヶ月も眠りにつく蝶、これが春を待つ人の心を捉えて離さない。
 このギフチョウを家で飼育しようと決めた。カンアオイを株ごと持ち帰り、植木鉢に植えた。それ以降、2日に一回は学校から帰ると東山へカンアオイ採りに往復した。こうして育てたギフチョウの幼虫は蛹になる前に集団から離散しようと動きまわり、飼育箱のわずかな隙間から外へ出たがる。ある日、学校から帰ると半分ぐらいが飼育箱から逃げ出していることを発見、どこへ行ったか見つからない。ギフチョウは10ヶ月の蛹生活の間、外敵(蜂)に見つかりにくく適度な湿度のある場所を選ぶという。翌年4月いよいよ羽化するころには家の人に庭のどこかでギフチョウを見つけたら捕ってほしいと頼んで学校へでかけた。


京都府向日町のカタクリ林で撮影したギフチョウ

 このようにして10匹ほどの完璧な姿のギフチョウ標本が出来上がった。その姿に見とれた。何度見てもきれいだった。春のスミレやヤマザクラにとまる姿を思い描いては眺めた。昆虫少年の心が宿った大切なギフチョウの標本を中学卒業時に他の蝶と一緒に学校に寄贈した。食草のカンアオイは転居のたびに植木鉢ごと持ち歩き、今も庭の隅で育てている。そのカンアオイが生えていた所に、後日東山ドライブウエイが通り、谷は埋まってしまった。食草がなくては蝶も生きられない。どこかに育っていないかと何回か花山天文台付近をうろついた。ヤマザクラが咲く頃にひょっとしてギフチョウが飛び出さぬかと訪れたが駄目だった。

 晩年になって向日町の小塩山でカタクリの保護ボランティア活動に参加して、カタクリ林に自生するカンアオイとそこで生まれ育つギフチョウを見たが、中学時代ほどには興奮しなかった。青春の花山天文台での初対面の感動ほど大きいものはなかった。
 80才を過ぎて、庭のパンジーに育つツマグロヒョウモン、カタバミに飛び交う小さなヤマトシジミに目を細めている。今年はホトトギスにルリタテハが来ないだろうかと。

(うの かずたか・1963年入社・大阪府在住)


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