各地区幹事のごあいさつ

2026年07月10日 各地区幹事のごあいさつ

幹事就任にあたって

小林 伸一 (2026年度関東地区幹事就任)

 今般、関東地区幹事に就任いたしました、1982年に丸紅入社、40年間ほぼ一貫して金属原料部門で働き、2022年3月に退職した小林伸一と申します。

 退職後、社友会の活動については会費だけは払っていましたが、行事にはほとんど参加しない怠慢会員でした。
 ところが今年の3月に現在の代表幹事の伊佐先輩より、“これから心を入れ替えて、積極的に行事に参加すれば君でもやれる”と説得され幹事を引き受けることになりました。微力ながら社友会を充実させるべく、活動する所存ですのでよろしくお願い申し上げます。
 1982年の入社時の配属先は、製鉄会社向けの冶金用原料炭を扱う原料炭部受渡課で、当時の課長のH.O先輩(1960年入社)を初めとする諸先輩方々には、できの悪い小生に粘り強く貿易実務や財経実務など商社マンの基礎を徹底的に教えていただき本当に感謝しております。
 3年目からは営業担当となり、以後退職まで、ほぼ鉄鋼原料を中心とする金属部門業務に携わってきました。
 我々が輸入する石炭、鉄鉱石、銅鉱石などの鉱山はカナダのロッキー山脈、西豪州の半砂漠地帯、インドネシアのジャングル、モンゴルの砂漠地帯などにあり、出張地としては厳しい環境が多かったのですが、海外駐在地は幸いにもバンクーバー(1991-1995年)、シドニー(2015-2018年、2020-2022年)で家族帯同できる恵まれた地で、3人の息子のうち3男はバンクーバー産です。


ホンゲイ炭鉱にて
(左から筆者、鉄鋼原料部の出原さん、現地の炭鉱の方)

 若い時代の最大の思い出は1989年にベトナム無煙炭の製鉄会社向けを開拓したことです。当時当社はまだベトナムに事務所も無く、決済通貨も東ドイツマルクが要求されるような状況でしたが、他商社に先駆け現地に通い詰め実現しました。
 2024年には出荷開始35年周年式典がハノイであり、小生も参加させてもらい久しぶりにホンゲイ炭田にも訪問しました。

 1990年代にカナダバンクバーに4年駐在し、帰国後は子会社で国内セメント、製紙、化学会社向け燃料炭の国内営業を4年(四国には50回以上出張しました)担当しました。
 金属資源ビジネスの流れが大きく変ったのは、2000年台初頭の中国の急成長による原料爆買いの始まりです。それまで、世界の最大の鉄鋼原料輸入国であった日本への輸入販売がメインの業態だったのが、中国の爆買いによる資源争奪戦が勃発、各商社共、南米、アフリカ、豪州、モンゴルなどの資源確保に奔走しました。当社でもいくつか失敗案件もありましたが西オーストラリアでのロイヒル鉄鉱石鉱山・鉄道・港湾の一貫開発案件、東オーストラリアの大型冶金用炭鉱山開発、チリでの大型銅鉱山の開発などに携わりました。


2026年3月谷川岳山頂にて

 ご存知の通り、中国はその後も成長を続け、中国が鉄、アルミ、銅などの主要金属のおおむね50%以上を消費する構造(現在の中国の鉄の生産量は日本の10倍以上です)が続いており、中国の動きが世界的にも大きな影響を与えています。
 40年間の丸紅生活の中で、唯一テレビ出演したのが、2011年3月6日のTBS「がっちりマンデー」で部門長補佐兼石炭部長として出演しました。
 一部の友人や親戚から少しだけ反応はあったのですが、放映の5日後の11日あの東日本大震災が発生し、日本全体が震災モードとなり、小生の放映は全く忘れ去られてしまったのが残念です。

 最後になりますが、5月から幹事となりまだ1カ月しか経過していませんが幹事会や懇親会、ゴルフ大会に参加して感じたことは、全ての行事が、事務局の方々の大変きめの細かいサポートで成り立っていることです。
 改めて事務局の皆さんに感謝するともに、今後も相変わらぬサポートをお願いする次第です。

【追記】
 趣味は大学時代に熱中した山スキーや登山で、今でも毎年、白馬、ニセコ、谷川などで山スキーや登山、ウオーキングを楽しんでいます。
 またボケ防止も兼ね、自宅(三鷹市)の近所にあるNPOが運営する無料塾で週2回、高校生向けに数学、英語などを教えています。


ごあいさつトップページへ