行事報告

2024年05月16日 行事報告

2024年4月度関東地区社友会月例会

 2024年4月19日(金)に開催されました4月度月例会では講師に丸紅株式会社顧問 番匠幸一郎氏をお招きし、「我が国を取り巻く戦略環境とこれからの安全保障」をテーマにご講演いただきました。


日 時 2024年4月19日(金)14時~15時30分
場 所 丸紅本社(竹橋) 3階 大ホール
講 師  番匠 幸一郎 氏(丸紅株式会社顧問)
演 題 我が国を取り巻く戦略環境とこれからの安全保障

1.はじめに


皆さん、こんにちは。番匠です。多くの先輩方の前で話す機会をいただき誠に光栄に存じます。
私は40年間制服自衛官として、その後も安全保障に関わってきました。本日は、その観点から国際情勢や日本の安全保障についてお話させていただきます。
今日は三つのテーマについて話したいと思います。まず、現在の世界情勢の概観から始め、次にウクライナ、中東、中国、北朝鮮などの具体的な地域情勢を見ていきます。最後に、日本の安全保障についてお話しします。
私の経歴を簡単に紹介します。私はイラク復興支援部隊や西部方面総監等の現場指揮官に加え陸上幕僚副長等のスタッフ業務も経験してきました。また1992年には丸紅に研修生として受け入れていただきました。丸紅での経験は私にとって貴重な財産となりました。
最近では防衛大臣政策参与として、防衛省で大臣にアドバイスをする仕事もさせていただいております。


2.今、我々はどこにいるのか


私たちが現在どのような時代にいるのか、100年前の1924年を振り返って考えてみましょう。当時、第一次世界大戦が終わり、人々はもうあんな戦争はしたくないと平和を強く希求していました。またスペイン風邪による大規模なパンデミックにより日本を含む世界で何千万人もの人が命を奪われました。更に日本では関東大震災という大災害がありました。
現在はどうでしょうか。ウクライナや中東での紛争、台湾海峡の緊張、コロナパンデミック、そして世界各地での災害が相次いでいます。このように、戦争、パンデミック、災害は周期的に繰り返されているように見えます。

しかし、私が指摘したいのは、100年前に二度と戦争を起こさないと願ったにも関わらず、20年後に第二次世界大戦が起きた歴史です。現在、我々もまた再び世界が混乱に向かうかどうかの重要な時期にいると考えます。
また、日本にとって100年前と現在が非常に似ていると感じます。日清戦争前夜のように、現在の日本も周辺国の脅威に直面しています。この歴史の繰り返しを考える時、我々はどう行動すべきかを深く考える必要があります。

日本列島の地政学的な位置を考えると、ユーラシア大陸と太平洋の間に位置し、約3500キロに渡って広がっています。これは、大陸から太平洋へのパワーを制御する戦略的に重要な位置であり、中国、北朝鮮、ロシアなどの国々が自らの影響力を拡大しようとする動きを抑えることができうる位置です。

冷戦時代、世界の安全保障の中心はヨーロッパでしたが、ベルリンの壁の崩壊後、中東へとその中心が移動しました。特に9.11以降、アフガニスタンやイラクでの戦争が世界をテロとの戦いへと導きました。20年前、私もイラクに派遣され厳しい環境の中で任務を遂行していました。この時期、世界の安全保障の焦点は中東でした。日本の自衛隊派遣はこうした状況の中で実施されたのです。

3.ロシアのウクライナ侵攻


バイデン大統領は、長期にわたる中東での戦争を終結させることを公約とし、2021年に米軍のアフガニスタン撤退を実行しました。彼は、自分の国を自ら守ろうとしないアフガニスタンのためになぜアメリカの兵士が血を流さなければならないのかとアフガニスタンに自立を求めました。また同時に中国の台頭による世界秩序の変化に対応し中国に備える必要性を撤退の理由に挙げました。この撤退により、世界の安全保障の焦点はアジア、特にインド太平洋地域に移行したと言われています。しかし、この移行期にウクライナ戦争が勃発しました。アメリカの注意が中東からアジアへ移る隙をロシアが狙ったと考えられます。バイデン政権発足直後からロシアはウクライナ侵攻を静かに準備し、アメリカが直接関与しない方針を明らかにすると大規模な兵力をウクライナ国境に集結させ、最終的に侵攻を開始しました。これは、きわめて戦略的な動きと解釈されています。

ロシアはウクライナに三方向から侵攻しましたが、緒戦からウクライナの強力な抵抗により首都への進軍を断念し撤退しました。ウクライナ軍はその後、東部ハリキウ正面と、南部へルソン正面における反攻に成功し一部地域を奪還しました。しかし2023年1月と2023年6月のデータ、そして2024年4月17日現在のデータを比較すると、その後は戦況に大きな変化は見られず、現在は膠着状態にあると言えます。

ウクライナ戦争で、ロシア軍は大きな人的および物的損害を受けています。ウクライナ側の発表によると、ロシア兵の戦死者は45万6900人に上り、戦車や装甲車などの損失も甚大です。これらの数字は誇張されているという説が有力ですが、それでも、ロシアの戦死者は20万人以上であると予想され、通常戦死者の3倍以上の負傷者が出るとされていることから、人的・物的損耗は相当甚大であると推測されます。一方、ウクライナ軍の損害は公式にはあまり報じられていませんが、ゼレンスキー大統領は戦争2年目の記者会見においてウクライナ兵約3万1000人が戦死したと発表しました。両軍ともに大きな犠牲を出しているのです。
この戦争は、宇宙、サイバー、情報戦、ドローンなどの技術が本格的に使用された新しい形態の戦争と言われています。しかし同時に、歩兵の塹壕戦や戦車や火砲を多用する、日露戦争や第1次世界大戦と変わらないトラディショナルな戦闘も行われています。ドローンをいくら飛ばしても国境は動きません。戦争では今なお兵士がいる場所が国境になるのです。

ウクライナ戦争のもう一つの特徴は、核保有国であるロシアが、核を持たないウクライナを侵略していることです。世界の安全保障に責任を持つべき国連常任理事国のロシアが核兵器の使用をちらつかせて非核国を威嚇しているのです。戦いは長期戦になる可能性があり、現在の膠着状態が朝鮮戦争のように長引くことも懸念されます。

4.イスラエルとハマスの戦争

こうした中で、2022年10月7日にガザ地区のハマスがイスラエルを突然攻撃します。この攻撃は、過去のイギリスによる無責任なユダヤ人国家建設の約束という歴史的な背景と現代の軍事技術が交錯する複雑な問題を示しています。イスラエルのメルカバ戦車が破壊された様子は、イスラエルが完全に無警戒な状況で奇襲を受けたことを示しており、戦争の予測不可能性と、準備の重要性が再確認されました。

イスラエルとハマスの衝突では、約1400人のイスラエル市民がハマスによって殺害され、200人以上が人質としてガザ地区に連れ去られました。ネタニヤフ首相は、ハマスのせん滅、人質の解放、そしてイスラエルへの脅威の根絶を目指して作戦を展開しています。

この衝突は、イランの影響を受けたシーア派武装勢力とも関連しており、イエメンのフーシ派やレバノンのヒズボラなども連動しています。また、イランとイスラエル間の緊張も高まっており、イランはイスラエルに対して初めて直接的な武力攻撃を行いました。これは、ダマスカスのイラン大使館爆破事件への報復とされています。このような報復の連鎖が今後どう展開するかが大きな懸念事項です。
中東全体に広がる大規模な紛争には発展しないと考えられますが、この状況は現地にいる日本人の安全や、無辜(むこ)の市民や人質が巻き込まれる問題を引き起こしています。日本は自衛隊の航空機を待機させ、必要に応じて救助に向かわせる態勢を取っています。

また、イスラエルがなぜ油断していたのか、ハマスの背後に何があるのかは重要な問題です。イスラエルは情報能力や軍事技術が進んでいるにもかかわらず、ハマスの攻撃に対して完全に油断していたと言われています。ハマスの戦術や彼らの背後にイランやロシアなどの影響があるのかという点は今後の分析や対策を考える上で重要な要素です。

5.我が国をとりまく戦略環境


先日ワシントンに出張した際に「あれ?」と思ったことがありました。それは、日本ではもしトランプ氏が再び大統領になったら大変なことになるのではという声をよく聞きますが、現地で多くの人と話をすると必ずしもそうではないと感じます。我々がこの懸念について入手する情報の多くは主に米国メディアからのものですが、米国の主要メディアは大体民主党系であるため、情報の偏りに注意する必要があると指摘されています。
ある共和党の関係者が言っていましたが、トランプ氏が当選し共和党政権になったら、真っ先にあるのは強い経済、強い軍隊、そして強い同盟関係であると。そうであればトランプ氏が大統領になっても過度に懸念する必要はないという意見も多くあるのです。

世界の安全保障の焦点は、伝統的にヨーロッパ、中東、アジアの3正面にあり、今は特にアジアが重要視されています。中国は習近平政権下で強国を目指しており、2027年の人民解放軍創設100周年や2049年の中華人民共和国創設100周年に向けて、軍事費の増加や国際的な影響力の拡大を進めています。中国の国防費は著しく増加しており、太平洋、北極海、インド洋、南シナ海、東シナ海での活動が活発化しています。自衛隊のスクランブル発進回数は冷戦期のピーク時を超える1000回以上に増加しており、そのほとんどが中国の軍用機に対するものです。中国は、去年7月に地図を改訂し、インドとの国境や台湾、南シナ海における領有権主張を強化しました。南シナ海では中国の海空軍の活動が活発になっており、この地域に核ミサイルを搭載した原子力潜水艦を配備しています。これらの動きは、中国の軍事的野心と地政学的戦略の一環と見られます。

また中国は、南シナ海のスプラトリー諸島やパラセル諸島を含む地域に人工島を建設し、この地域を自分のものにしようとしています。この動きは、中国が地政学的に重要な南シナ海を戦略的に支配下に置こうとしていることを示しています。さらに、アメリカやフィリピン、オーストラリア等の船舶や航空機に対して危険な挑発行為を行い、放水や衝突を試みるなど積極的な威嚇を行っています。これらの行動は、中国が地域での支配力を強化しようとする意図を反映しており、国際社会にとって懸念材料となっています。

他方、中国国内の状況も注目されます。最近、中国軍の4軍種の一つであるロケット軍のトップが交代し、新司令官は海軍出身、副司令官が空軍出身という異例の人事が行われ、ロケット軍の生え抜きの幹部が粛清された可能性があります。これは、軍内部に不安定要素があることを示唆しています。さらに、中国の外務大臣や国防大臣が突然姿を消し、未だに公の場に現れていないことも中国の内政の安定性に疑問符を投げかけています。中国は内政のストレスを対外的な行動で発散する傾向があり、最近の軍事的な挑発行動もその一環である可能性も考えられます。中国の外交政策はより攻撃的になっており、力によって他国をねじ伏せるような行動が目立っています。これらの動きは、世界の安定性に懸念を与えています。

次に朝鮮半島について述べたいと思います。北朝鮮は人工衛星の打ち上げや様々なミサイルの開発を進めています。北朝鮮は中国やロシア同様、既に多種多様な攻撃ミサイルを保有しています。一方、日本はゼロです。アメリカもINF条約により中距離ミサイルを廃棄し現在は持っていません。この状況は地域の安全保障に影響を与える潜在的なミサイルギャップを意味します。

日本はイージス艦やパトリオットミサイルなどの弾道ミサイル防衛システムを持っていますが、敵が予測不能な飛行軌道を持つミサイルを開発しているため、防衛が困難になっています。北朝鮮はこうした技術を持ち、ウクライナ戦争では北朝鮮製の兵器がロシアによって使用されていることが確認されました。さらに、北朝鮮は核弾頭を搭載可能な大型潜水艦の開発を進めており、核兵器の小型化にも取り組んでいます。ロシアは中国と共に日本海での訓練を行い、日本にとって脅威となり得る状況が続いています。このように、北朝鮮やロシアの軍事動向は日本の安全保障にとって重要なリスクとなっています。

こうした状況をアメリカはどう見ているのでしょうか。アメリカは中国を最大の敵と位置づけ、国家安全保障戦略において中国との競争を最優先課題としています。アメリカでは政党を問わず中国に対する厳しい見方が共有されており、今後の国際安全保障環境は米中対立が主要なテーマになると考えられます。この背景のもと、バイデン政権は日米韓の連携強化を推進し、日米豪印のクアッド(QUAD)を含む多国間での協力を進めています。先般の日米首脳会談では、安全保障に関する強い連携が確認され、アメリカが日本に対して大きな期待を寄せていることが示されました。


6.日本の安全保障


最後に日本について述べます。日本の領土は37万平方キロメートルで世界の60番目ぐらいですが、排他的経済水域を含めるとなんと世界で第6位となります。そしてその周りには中国や北朝鮮、ロシアといった国々が隣接しています。日本とこれらの国々との距離は非常に近く、例えば北海道からサハリンまで38キロ、対馬から韓国まで58キロ、与那国島から台湾まで110キロという近さです。尖閣諸島に関しては、歴史的にも国際法上も完全に日本固有の領土であり、毛沢東時代の中国の地図にも尖閣諸島が日本のものとして記載されていました。尖閣諸島にはかつて日本人が住み、漁業などが行われていましたが、現在でも日本が有効に支配を続けており、海上保安庁や自衛隊による監視が行われています。このような背景から日本は尖閣諸島を含む領域の安全保障に対して引き続き注意を払う必要があると考えられます。

冷戦時代、ヨーロッパと北極海が世界の安全保障の中心でしたが、現在は東シナ海や南シナ海が重要性を増しています。アメリカのシンクタンクとの意見交換では中国の軍事力の拡大とその影響力の増大について議論され、アメリカと日本がこの地域で協力して対応する必要性が強調されました。近年自衛隊は、南西諸島に新しい駐屯地を開設し、各種ミサイルの配備や水陸機動団の創設など、南西地域の防衛態勢を強化する取り組みを進めています。また、台湾危機に対する日本の役割についても議論され、日本が世界の安全保障において重要な位置を占めていること、特に南西正面の防衛が重要であることが指摘されています。

日本は一昨年の12月に、国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画という三つの重要な戦略文書を発表し、日本の安全保障政策の大きな転換を示しました。これまで日本は北朝鮮を脅威と認識していましたが、中国やロシアに対してはそうした認識を示していませんでした。しかし、新しい戦略文書では、これらの国々を「最大の戦略的挑戦」と位置づけ、日本の安全保障政策における重要な変化が示されています。

また、日本は新しい戦い方に対応し、特に反撃能力の確立に重点を置いています。これは、敵からの攻撃に対して迎撃だけでは限界があり、攻撃の源泉に対処する能力を持つことの重要性を認識したものです。この方針の下、日本は防衛予算をGDPの2%に相当する43兆円に増額し、防衛体制の強化を図っています。これらの戦略的な動きは日本が直面する安全保障環境の変化に対応し国の防衛能力を高めるためのものです。
ただ43兆円(2023年~2027年の5年間)が決定した時の為替レートは108円で、現在の150円を超える円安の状況下では購入力が著しく低下しており問題となっています。
また、過去の東芝機械の共産圏向け輸出が日米間で大きな軍事外交問題となったように、経済と安全保障の密接な関係にも十分な注意が必要です。さらに、中国の経済的報復行動や戦争による国際物流への影響など、安全保障と経済の関係がより明確になっています。このような状況は、安全保障を軍事や政治外交だけでなく、経済産業や人権、科学技術を含むトータルで考える必要がある時代に入っていることを示しています。

中国は過去に政治的な目的で経済的な嫌がらせを行ってきました。尖閣諸島での事件後、日本に対してレアアースの輸出停止と日本人駐在員の拘束を行いました。また、フィリピンとの南シナ海での領有権争いの際にはバナナの輸入を停止し、ノルウェーがノーベル平和賞を中国の人権活動家に授与した際にはサーモンの輸入を停止しました。オーストラリアがコロナウイルスの起源調査を提案した後はビーフや鉄鉱石、ワインの輸入を事実上停止しました。台湾産パイナップルや福島の海産物に対するボイコットも行いました。このように中国は経済的手段を使って政治的な嫌がらせを行っています。

7.まとめ


20年前イラクで活動している際、日本人としての誇りを感じたエピソードがあります。日露戦争での勝利や第二次世界大戦後の復興を通じて、イラクの人々が日本人を尊敬し誇りに思っていました。また、日本人と一緒に働いた経験を持つイラク人からは日本人の誠実さと勤勉さや、能力の高さを評価されました。私は日本の自衛隊の精神は武士道だと思っていますが、イラクでの任務を通して武士道精神を再認識することができました。

最近興味深い調査結果を見ました。日本人の国民性に関する調査で、多くの日本人がもし生まれ変わるとしたらまた日本人として生まれ変わりたいと考えているとのことです。
一方、「戦争になったら国のために戦いますか」という質問に対しては肯定的な回答が他国に比べて極めて少なく、多くが「分からない」と回答しています。これは、日本が長い間平和な国であることの証であり、戦争を考えずに生活できる幸せを享受していることを示しています。
しかし国民の国防意識と国防の重要性についてはよく考える必要があります。国防は自衛隊だけの責任ではなく、国民全体の責任であるという認識が必要です。ウクライナの状況から学ぶべき点がいくつかあります。1つ目は抑止力の維持が最も重要であること。ウクライナはこれに失敗して侵略を招き深刻な損害を受けました。2つ目は、とはいえ今彼らが見せている命がけで国を守る姿勢と努力です。3つ目は平時からの抑止力強化の重要性、そして4つ目は宇宙やサイバー、情報戦等の新しい戦争形態と従来の戦闘形態の両方への対応能力です。日本も国防に関して多角的な視点と準備が求められていると思います。

日本人は、戦争の悲惨さから軍事や軍隊に対して強い忌避感を持っていますが、これにより国防意識が希薄になるリスクがあります。平和を維持するためには、自ら努力して抑止力を高める必要があります。孫子の言葉にもあるように、戦わずして勝つことが最善であり、これは抑止の重要性を示しています。未来を予測することは難しいですが、最悪の事態に備えて準備をすることと、望ましい未来を自ら作り出すことが必要です。

日本は昭和20年の敗戦から立ち上がり、その後高度経済成長で世界第二の経済大国にまで成長しましたが、失われた20年、30年を経て、再び国際社会で重要な役割を果たす時が来ています。日本には大きなポテンシャルがあり、世界は日本に注目し期待しています。これからの時代の責任を果たし、後輩たちを励ますことが求められています。

最後に一つだけお話ししたいことがあります。イラクに行っていた時『マルベニホスピタル』という言葉をサマーワで聞きました。びっくりしました。丸紅が現地で建設した「マルベニホスピタル」というODA病院は、イラク人にとって今も誇りであり、長く記憶されていることを知りました。このような先輩方が築いた財産は、世界各地で価値を持ち続けており、これらの遺産を忘れず、後輩たちにも伝えていくべきだと感じました。最後にこの点を共有することで、私のプレゼンテーションを終了します。ご清聴ありがとうございました。

8.質疑応答

質問1.
今の日本はあまりに危機感に乏しく、いわゆる平和ボケと感じます。教育も含め国民の意識を変えるためには何をなすべきとお考えですか。

回答1.
かつて自衛隊は「国民に愛される自衛隊」というキャッチフレーズで国民に理解してもらう努力を一生懸命やった時代がありましたが、今はだいぶ変わってきたような気がします。
例えば自衛隊の存在を認めますか、あるいは活動を支持しますかと世論調査すると、大体90%以上がイエスです。ただアメリカでは軍隊は大変身近な存在で、普通に話題にされますが、日本では自衛隊はまだそこまで国民意識に定着していないように感じます。私は、特効薬はないと思いますが、自衛隊がそのために如何なる努力をするかはもちろん大切ですが、ご指摘の通り教育の問題もあると思います。日本の学校教育では基本的に小中学校までは自衛隊を教えません。教えたとしても憲法との関係とか災害対応で少し言及されるくらいで、消防士、警察官のことは小学校低学年から出てきますけれど、自衛隊についてはまだまだです。
私はいま大学で非常勤の教員をしていますが、安全保障の講座は日本の大学にはほとんどありません。軍事そのものを教える機会はまだまだ少なく、教育の現場にもっと理解を広げていく必要があると思います。
いずれにしても、自衛隊はとにかく誠実にやるしかない。やるべきことをやって、その姿を国民の皆様に見ていただくことしかないと思っています。

質問2.
現在の日本にとって一番気になるのは北朝鮮です。独裁者に対して国民が反対できる状況ではないし、どんな行動を起こすか分からないという点で危険性が高いと思います。
北朝鮮の脅威についてどうお考えですか。

回答2.
日本に対する脅威に順番をつけるとすれば、一番は中国だと思います。二番目に北朝鮮、三番目にロシアではないかと思います。理由は、北朝鮮は日本の国を滅ぼすことはできません。しかし中国は日本の領土を直接侵略し占領する能力を持っています。しかし、北朝鮮に油断してよいかというと決してそんなことはありません。北朝鮮の経済力は日本の何十分の一、あるいは百分の一と言ってもよいかもしれません。人口も2500万人程度で主要な産業もないし、国際社会から経済制裁を受け孤立しています。政権の維持が最優先で国民は疲労困憊の状況です。国力のデータからは大きな脅威ではないのですが、彼らは弱者の戦法を取るのです。
北朝鮮は3つのことに一生懸命取り組んでいます。1つ目は核ミサイル開発、2つ目はサイバー分野、そして3つ目は特殊部隊です。ミサイル開発については経済状況が悪いにもかかわらず着々と巨大なミサイルを製造し、さらに核兵器にも取組んでいます。原爆だけでなく水爆の開発にも挑戦しています。ミサイルに核を搭載しそれを発射する能力を持っているということが彼らにとっては生き残りの手段であり国際社会へのメッセージであると思います。またサイバー分野については世界で指折りの能力を持っていると言われています。最近ではビットコインなどから資金を盗む話もありました。特殊部隊についても世界で最も多く持っていると言われています。彼らは軍服を着用せず普通の服装で活動し、日本や韓国への潜入など様々な活動を行っています。強大な国力や軍事力を持たないからこその手段を用いているのです。北朝鮮に対してはアメリカや韓国と連携して防御することを考えていく必要があると思います。




質問3.
ミサイル技術が高度に発達した現在では、専守防衛は国民の命より理念を優先した政策のように思えてなりません。これからの時代の専守防衛はどう定義づけされるべきとお考えでしょうか。


回答3.
私も同じ問題意識を持っています。先ほど「国家安全保障戦略」が改定されたと申し上げましたが、日本の基本的な防衛政策は変わらないと書かれています。基本的な防衛政策とは専守防衛と非核三原則です。専守防衛は敵から攻撃を受けて初めて反撃する、その反撃も必要最小限にとどめるというものです。これはある意味国民の犠牲を前提にした政策です。ウクライナがまさにそうでした。これは政策として大きな問題があると思います。そろそろ変えなくてはいけない時期に来ているのではないでしょうか。さらに申し上げると個人的には非核三原則の「作らず、持たず、持ち込ませず」についても再検討すべき時期に来ていると考えています。私も日本が核兵器国になることには反対です。しかし、「作らず、持たず」は良いのですが、「持ち込ませず」はどうでしょうか。
アメリカが日本を守るために核兵器を日本に配備する必要が出たとき、持ち込むなと言わなければならないわけです。そんな話があるでしょうか。韓国はどうしているかというとわざわざ原子力潜水艦などをどうぞ来てくださいとやるわけです。それが抑止力になるのです。このような意味で、敗戦直後に作られた自衛隊や平和三原則が今の時代にあっているかどうか見直す必要があるのではと思います。

質問4.
前回5年前の講演の一つのポイントは、日本の安全保障の軸が北方方面から南西諸島に移ってきていることでした。しかし北方の守りをどうするかは今も安全保障の観点から考えるべき一つの点だと思います。また日本に向き合う3つの核保有国はみな独裁国で表面的には一緒に行動することが多いように見えますが自国の都合でその関係は変化すると思います。この3国はどんな強さを持ち、今後どのように動いていくのでしょうか。

回答4.
日本の安全保障の中心が北から南に移ってきているトレンドは変わらないと思います。南シナ海、東シナ海で中国が強大な軍事力を背景に活動を活発化させていることから、かつての冷戦期と同じ北方重視の態勢でいいわけはなく、これからしっかりとバランスのとれた態勢を取っていかなければなりません。アメリカも一生懸命です。岸田首相が訪れた時には日米に加えフィリピンのマルコス大統領も参加し話合いが行われました。
しかし、ロシアを無視していいわけではありません。自衛隊は北の守りも手を抜かないようにしています。南を重視すべき時代だからと言って北海道を軽視するのは無責任です。例えば台湾で何かが起こった時に、朝鮮半島や北方でそれが連動しないとは断言できません。

次にこの三つの勢力が今後どう動くかということですが、短期的には手を結ぶ気がします。国連を見ても与党と野党と言いますか、西側はアメリカ、イギリス、フランスの常任理事国に日本も加わって結束しています。一方、東側は中国とロシアが連携して西側に必ず反発します。これから先、しばらく新しいPKOなんて出ないと思います。国連決議が出ませんから。常任理事国が拒否権を行使せず全会一致することは当分難しいかもしれません。ロシアと中国が接近し、それに北朝鮮が加わる関係は、しばらくは続くのではないかと思います。
ただ長期的にはロシアは中国の下に入ることは絶対許せないだろうと思います。中ロ国境は4200キロ以上もあります。ロシアはここを非常にリスクだと思っているはずです。もしもここで手を抜いたらシベリアはあっという間に中国の勢力圏になるかもしれません。
これはロシアにとって極めて重大なことです。ロシアは中国と将来的にずっと融和的に行くかと言うと、私は家庭内別居みたいな一定の緊張感が続くのではないかと思っています。

北朝鮮は政権を維持すること自体が非常にリスクだと思います。一生懸命背伸びをしています。でも甘やかしてはいけないし、やはり強い態度で臨むべきと思います。
アメリカのトランプ政権時代、CVIDという言葉が盛んに使われていました。Complete, Verifiable, Irreversible, Dismantlement,つまり完全で検証可能かつ不可逆的な非核化です。バイデン政権になって言われなくなりましたが、アメリカは政策として変えていないと思います。アメリカも北朝鮮に対しては決して融和的にはならないような気がします。


行事情報トップページへ