行事報告

2026年05月25日 行事報告

2026年4月度関東地区社友会月例会

 4月の月例会は、元財務省事務次官の矢野康治様をお招きし、「我が国の財政について ・・・不都合な真実を直視し、打開する ・・・」と題してご講演いただきました。
 矢野様は1985年に一橋大学経済学部をご卒業後、大蔵省に入省され、主計局長、主税局長などを歴任。2021年に財務省事務次官に就任されました。退官後は、企業や大学の社外取締役・顧問などとして幅広くご活躍されています。


日 時 2026年4月24日(金)14:00~16:00
場 所 丸紅本社4階 04A02会議室
講 師 矢野 康治 氏(元財務省事務次官)
演 題 「我が国の財政について ・・・不都合な真実を直視し、打開する ・・・」

矢野康治氏のご講演


皆さん、こんにちは。矢野康治です。
私は財務省を退官してから、まもなく4年になります。退官後、日本財政の危機について300回近く講演してきました。なぜ続けているのか。それは、日本の財政に対する危機感がどうしても拭えないからです。
私は37年余り国の財政に携わってきましたが、その間、一度も財政黒字を実現できませんでした。むしろ財政収支は悪化してきました。ですから、講演は私にとって、偉そうに語るものではなく、毎回『お詫び講演』だと申し上げています。
本日は、日本財政の現実、財政楽観論の問題点、そして打開策についてお話しします。


1.日本財政の現実


日本の一般会計は、終戦直後を除けば長らく均衡予算が基本でした。しかし、1973年のオイルショック以降、状況は大きく変わりました。同じ時期に高齢者医療の自己負担をゼロにする政策なども行われ、1975年以降、歳出と税収の間に赤字のギャップが生じました。それが50年にわたって続いています。
災害や不況が起これば、どの国でも一時的に財政は悪化します。しかし本来、その赤字は景気回復や復興とともに縮小していくはずです。ところが日本では、赤字のワニの口が閉じないまま開き続けてきました。
最大の要因は少子高齢化です。高齢化により社会保障費は毎年7,000億円から8,000億円規模で増え続けています。一方で、税や保険料を支える生産年齢人口は減り続けています。これが日本財政の構造的な問題です。
歳出の中で特に増えているのは社会保障関係費です。年金、医療、介護、生活保護、障害者福祉、少子化対策などを含み、35年間で3.4倍に膨らみました。ただし、これは高齢者一人当たりの給付を大幅に増やしたからではありません。主因は、高齢者人口そのものが増えたことです。
一方、税収も35年前に比べて32兆円増えています。日本の納税者は十分に頑張っています。しかし、歳出は56兆円増えており、税収増だけでは追いついていません。背景には、生産年齢人口の減少があります。
「景気が良くなれば税収が増え、財政問題は解決する」と言う人がいます。確かに景気回復で税収は増えます。しかし、高齢者が増え続ける限り、社会保障費も増え続けます。景気回復だけで財政収支が自然に改善することはありません。


2.日本は世界で最も厳しい条件にある


日本の65歳以上人口の割合は約3割で、世界最高水準です。これは長寿大国である一方、若い世代が減っていることを意味します。高齢化率が高いほど、年金・医療・介護の負担は重くなり、それを支える担い手は少なくなります。
財政健全性を見るうえで重要な指標である債務残高のGDP比でも、日本は先進国で最悪、世界でも突出して悪い水準にあります。
最近、この指標が少し改善しているという見方もあります。しかし安心はできません。今後、金利上昇により利払い費が増えるからです。国債残高はすでに1,000兆円を超えています。既に2年前より金利が1.5%上がっていますので、利払い負担は単純計算で15兆円増えます。これはかなり現実的な問題です。

3.財政楽観論の問題点


世の中には「日本の財政は大丈夫だ」という楽観論が多くあります。しかし、それらには問題があります。
第一に、「成長すれば大丈夫」という議論です。成長率が金利を上回れば債務残高GDP比は下がると言われますが、これは単純化しすぎです。債務は金利だけでなく、その年の財政赤字によっても増えます。成長は重要ですが、成長だけで財政問題が消えるわけではありません。
第二に、「無駄を削れば十分」という議論です。もちろん無駄はあります。しかし、日本の社会保障以外の一般歳出は、国際的に見ても小さい部類です。毎年5兆円、10兆円削れるというなら、具体的にどの予算をどう削るのかを示す必要があります。
第三に、「財政出動すれば税収増で元が取れる」という議論です。財政支出には景気を押し上げる効果がありますが、支出以上にGDPが何倍にも増えるような都合のよい話はありません。GDPが増えても、そのすべてが税収になるわけではありません。
第四に、「国には資産があるから大丈夫」という議論です。国の資産には道路や橋など、すぐに売れないものが多く含まれます。金融資産も国債償還にそのまま使えるものばかりではありません。バランスシート全体で見れば、国は大幅な債務超過です。
第五に、「自国通貨建てだから破綻しない」という議論です。いざとなればお金を刷ればよいという考え方ですが、インフレが進む中で中央銀行が無制限に貨幣を増やすことはできません。物価の安定を守るのが中央銀行の役割だからです。

4.日本は「中福祉・低負担」

日本は「中福祉・低負担」の国です。福祉はヨーロッパほど大きくありませんが、アメリカほど小さくもありません。一方で、税負担はOECD諸国の中でも低い方です。
つまり、日本は世界最高水準の高齢化社会を、赤字国債で支えているということです。ヨーロッパ諸国は高齢化に合わせて付加価値税、つまり消費税を引き上げてきました。しかし日本の消費税率は、国際的に見てなお低い水準です。その差額を赤字国債で埋めているのが実態です。
コロナ対応にも同じ特徴が表れました。日本はGDP比で世界最大級の対策を行いましたが、財源措置はほとんど講じませんでした。欧米諸国の中には増税や返済計画を設けた国もありますが、日本は将来世代への先送りに大きく依存しました。

5.打開策


財政再建に近道はありません。収支改善を愚直に進めるしかありません。ただし、増税や給付削減だけでは、負担が重くなりすぎます。そこで必要なのは、「坂道の勾配を緩くする工夫」です。
一つは、長く働く社会に移ることです。日本は健康寿命が長く、高齢者の就労意欲も高い。65歳以上でも働きたい人は多く、企業側にも需要があります。定年制度や雇用慣行を見直し、元気な高齢者が自然に働ける社会を作るべきです。
もう一つは、高齢者の定義を見直すことです。平均寿命も健康寿命も伸びている中で、65歳以上を一律に高齢者とする考え方を固定してよいのか。年金支給開始年齢や介護の受給年齢の見直しには反発もありますが、支える側と支えられる側の比率を改善しなければ、若い世代への負担はますます重くなります。
少子化についても、簡単に楽観できません。児童手当を配れば出生率が劇的に上がるというものではありません。介護制度の整備、女性の社会進出、雇用環境、家事・育児分担など、社会構造そのものが変わっています。これらは必要な変化である一方、出生率に影響を与える側面もあります。少子化がすぐに反転することを前提に制度設計をするのは危険です。

6.本日申し上げたかったこと

本日申し上げたかったのは、結局のところ次の点です。
日本財政の最大の問題は、景気変動ではなく、少子高齢化が生み出した構造問題であること。
その現実から目を背けて、「景気が良くなれば何とかなる」「無駄を削れば十分だ」「資産があるから大丈夫だ」といった楽観論に逃げても、解決にはならないこと。
そして、打開策は決してうまい話ではなく、長寿化社会に見合った制度改革と、受益と負担の見直しを愚直に進めるしかない、ということです。
厳しい話ばかり申し上げましたが、日本人は本来、非常に聡明です。きちんと事実を示し、丁寧に説明すれば、必ず理解していただけると私は信じています。だからこそ、退官後もこうして話し続けています。


<質問1>
厳しい現実を改めて教えていただき、ありがとうございます。質問が三つあります。
一つ目は、財政の機能として所得の再分配機能があると思いますが、現在それはどのような形で、どの程度実施されているのかという点です。
二つ目は、経済アナリストの森永卓郎さんの主張についてです。森永さんは財政出動を重視する立場で、今でも支持を受けていると聞きます。財務省の中心におられた矢野さんとして、どのように見ていらしたのか伺いたいです。
三つ目は、「不都合な真実」を理解し、改革に取り組もうとしている現役政治家がいるのかという点です。差し支えなければ教えてください。


<回答1>
まず、税制の再分配機能についてです。日本の所得税の最高税率は、英米独仏などと比べても高い水準にあります。累進度もかなり高く、所得税による再分配機能は強いと言えます。
一方で、金融所得については課題があります。株式などの金融所得に対する課税は比較的低く、「1億円の壁」と呼ばれる問題があります。所得が1億円を超えると金融所得の比率が高まり、実質的な税負担率が下がるという問題です。これは少しずつ見直されていますが、まだ十分とは言えません。
法人税についても、日本はG5の中では高い方です。ですから、「金持ちから取ればよい」「企業から取ればよい」と単純に言える状況ではありません。富裕層や企業からも、すでに相応に取っています。この点は、政府や財務省の説明不足もあり、誤解が広がっている面があります。
次に、森永卓郎さんについてです。私は直接お会いしたことはありませんが、『ザイム真理教』は読みました。内容については賛同できない部分が多いです。ただ、冒頭に書かれていた、かつて大蔵省から嫌な扱いを受けたという話は印象に残りました。そこに財務省への反発の出発点があったのだと思います。
これは、単なる個人的感情として片付けてはいけません。財務省は、歳出削減や増税といった国民に耳の痛い話をする役所です。だからこそ、偉そうに見えてはいけない。より丁寧に説明する姿勢が必要です。森永さんの主張については賛同できない部分が多いですが、「財務省は偉そうだ」という批判については、反省すべき点があったと思います。
最後に、改革に取り組もうとする政治家についてです。そういう国会議員は、いないわけではありません。何人かはいらっしゃいます。ただ、ここで名前を挙げると、その方々の足を引っ張ることになりかねません。率直に言えば、多数派ではありません。
むしろ、政治家のせいにする前に、役人の側がもっと数字を示すべきだったという反省があります。成長率、出生率、歳出削減、負担増、消費税率などについて、複数の前提を置いて試算し、将来の姿を見える化する。そうすれば、「何もしなければこれだけ必要になる」「制度を変えればここまで抑えられる」という議論ができます。
日本人は非常に聡明です。きちんとデータを示せば、理解する人は必ず出てきます。世論の2割、3割が動けば、政治も動きます。今は政治家が率先して言いにくいことも、世論が動けば変わっていくはずです。
新聞のアンケートでも、「消費税減税に賛成ですか」と聞けば賛成が多くなります。しかし、「財源がない場合でも賛成ですか」と聞けば、反対に回る人が多い。つまり、条件をきちんと示せば、日本人は合理的に判断します。だからこそ、批判を覚悟してでも、事実とデータを示すことが重要です。




<質問2>
すでに300回近く講演をされているとのことですが、それは非常に大事な活動だと思います。もっと多くの方々に届けるため、たとえば高橋洋一さんのような方とYouTubeで討論するなど、メディアや動画を使って発信していくことはできないでしょうか。
今はSNSやAIなども急速に変化しています。若い世代も政治に関心を持ち始めています。せっかく300回も講演されているのであれば、それをもっと活用する仕組みが必要ではないでしょうか。


<回答2>
講演後の名刺交換などで、30代、40代の方々から「なぜ動画配信をしないのですか」と何度も言われました。動画配信をすれば若い世代に届く、という声を百人以上からいただいています。
では、なぜ控えてきたのか。理由の一つは、国権の最高機関である国会に敬意を表しているからです。ただ、若い人たちが政治に関心を持ち、これまで投票に行かなかった層が動き始めていることは重要です。若い世代の声が届かなかったからこそ、これまで無理な配分が行われてきた面があります。
私は若い人に受けようとしているわけではありません。しかし、若い人たちが投票し始めたという現実を踏まえれば、発信の仕方は考えなければなりません。高橋洋一さんと討論するのがよいかどうかは別として、動画で発信すること自体は有効だと思います。
30分、1時間の長い動画ではなく、15分程度で見られるものを作る。そうすれば、若い人を中心に届く可能性があります。講演を聞いた方からは、「おっしゃっていることは当たり前のことですよね」と言われることが多い。日本人の理解力は高いと思います。
もちろん、動画に出れば批判や中傷も受けるでしょう。それでも、必要な時には、批判を受ける覚悟で出るべきだと思っています。時の政権が必要なことをきちんとやるならそれでよいですが、そうでないなら、誰かがやらなければならないと思います。


<質問3>
出生率が現在1.1程度まで低下しています。これを1.5、あるいは2.0に戻すための有効な政策の組み合わせはあるのでしょうか。


<回答3>
非常に鋭い質問です。今日の講演では、少子化対策についてあまり詳しく触れていませんでした。少子化が進むことを前提に、担い手と担われ手の比率をどう維持するかという話を中心にしてきたからです。
少子化対策については、率直に言ってかなり厳しいと思っています。児童手当を配れば出生率が大きく上がるというものではありません。もちろん、子育て世帯への経済的支援は必要です。しかし、それだけで出生率が1.1から1.5、2.0に戻るとは考えにくいのです。
少子化には、社会構造の変化が深く関わっています。一つは介護制度です。介護制度を否定しているわけではありません。必要な制度ですし、私自身も親の介護に向き合っています。
ただ、介護制度が整備されたことで、子どもがいなくても一定のケアを受けられる社会になりました。一世代前は、結婚する際に相手の兄弟姉妹構成や、将来誰が親の面倒を見るのかが当然のように話題になりました。しかし、介護が社会化されたことで、実子がいなくても老後を支えてもらえる仕組みができました。これは大きな社会保障の進歩ですが、「老後のために子どもを持つ」という動機は弱くなった面があります。
もう一つは、女性の社会進出です。これも否定しているわけではありません。むしろ、日本は男女平等の面でまだ遅れており、さらに進める必要があります。ただ、女性が男性と同じように働くようになった一方で、家事や育児の負担は依然として女性に偏っています。職場では男女同権を求められ、家庭では出産・育児・家事の負担を多く担う状況では、「もう一人産もう」と考えにくくなるのは自然です。
介護制度も女性の社会進出も、必要な変化です。しかし、それらが出生率の上昇を難しくしている側面は直視しなければなりません。
政府は少子化対策として多額の予算を投じていますが、それで出生率がどれだけ上がるかは限定的です。本当に出生率を上げようとするなら、これから結婚する人、これから子どもを産むかどうか悩んでいる人に集中的に支援する必要があります。しかし、そこに踏み込むと批判を受けやすいため、政治は避けがちです。その結果、すでに子どもを持っている世帯に広く配る政策になりやすいのです。
移民についても、簡単な解決策ではありません。移民が来ても、日本人高齢者の医療費や介護費が減るわけではありません。移民の方々が家族を持ち、高齢化していけば、その分の社会保障費も必要になります。また、大規模な移民受け入れを続ければ、日本社会のあり方そのものが大きく変わります。それを国民がどこまで受け入れられるのかという問題もあります。
少子化対策も移民政策も、簡単に解決できるものではありません。もちろん、若い世代の経済的不安を減らす、子育てと仕事を両立しやすくする、家事・育児の負担を公平にする、といった政策は必要です。しかし、それでも出生率が劇的に戻ると楽観するのは危険です。
私には、出生率を一気に1.5や2.0に戻す妙案はありません。考えれば考えるほど、少子化は非常に深刻で難しい問題です。だからこそ、人口が減っていくことを前提に、それでも社会が回る仕組みを作る必要があります。


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