日 時 | 2016年6月29日(水) |
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場 所 | 丸紅東京本社16階講堂 |
講 師 | 川口 淳一郎氏 |
演 題 | 「やれる理由こそが着想を生む。―『はやぶさ式思考法』」 |
今回の月例会の講師は、宇宙工学者の川口淳一郎氏でした。と言うよりも、あの奇跡の生還を果たした「はやぶさプロジェクト」において、プロジェクトマネジャーを務められた「JAXAの川口教授」とご紹介する方が、通りが良いかも知れません。当然のことながら、ご専門は宇宙工学であるわけですが、今回の講演では、ご自身が「はやぶさ式思考法」と名付けられた、チャレンジ精神を重視した物事への取り組み方を中心に、多岐にわたる興味深いお話を、様々なエピソードを交えつつお聞かせ頂きました。梅雨の中休みといった感のある平日の午後、会場には110名を超える社友の皆さんがお集まりになり、先生の軽妙かつ含蓄のあるお話を存分に楽しんでおられました。
講演の冒頭、大リーグのイチローの写真が会場正面の大画面に映し出されたのには、少々驚かされましたが、これは先般イチローが大記録を達成した後のインタビューで、「ここにゴールを設定したことはない」と、淡々と語ったことを受け、先生としてはイチローを、自分の「絶対基準」を持っていて、どこまでも未知の領域に挑戦し続ける格好の人物像として紹介されたものと思われます。
講演のメインテーマである「挑戦の大切さ」について、ここから様々なエピソ-ドを絡めながら語っていかれました。先ず最初に挙げられたのは、宇宙開発競争において常に先駆者であった米国のケースを念頭に、はやぶさが打ち上げられる2年前の2001年、すでに小惑星への着陸を成功させていた、米国の惑星探査機(ニア・シューメーカー)に関する話題でした。はやぶさとしては、小惑星イトカワに着陸するだけでは、米国が成功したことの二番煎じでしかなく、一度着陸した惑星から初めてもう一度離陸することに大きな意味があったということです。人類にとって未知・未踏の領域に世界で初めて踏み込むこと、そのための挑戦を続けることにこそ大きな意味があると先生は語られます。
中国の古い格言に、「愚者は成事に闇(くら)く、智者は未萌(みぼう)に見る」(戦国策)というものがあります。愚か者は物事が具体的な形になってもまだ気づかないが、賢い者は、まだ形になって現れていないうちにトラブルを予想し適切な対策を立てることが出来るという意味です。「見えるものは過去のもの。見えない未来を追求していくことこそ肝要。」という言葉もあります。米国フェルミ研究所のロバート・(ラスバン・)ウィルソン所長が、莫大な費用を掛けて加速器を建設しようとして、議会で追及された時、「この装置は直接的には国家防衛に何の貢献もしないが、わが国を守るべき価値のあるものにするという意味で大いに価値がある」と述べた事例を挙げ、信念を持って初めてのことに挑戦することの重要性について語られました。また、「夢でメシが食えるか?」という問いに対しては、「夢も見れずに、メシを喰って何の意味がある?」と、先生ご自身なら問い返すとも仰っています。これこそが、「やれる理由を見つけて挑戦しない限り、成果は得られない」という、「はやぶさ式思考法」なのです。
次いで、組織の中でのリーダーシップの在り方について、「協調主義者、博愛主義者はリーダーにはなれない。リーダーには時に理不尽さが必要。」と語り、ご自身もそのようにプロジェクトチームを引っ張ってきたとのこと。
一方、人材育成の要諦は、シニアとジュニアの組み合わせによる、知識・技術・経験の継承にあるとのこと。ジュニアはシニアの背中をみてシニアの持つ何かを盗む。「教育とは与えるものではなく、成長する環境を与えることが大切である」というのは、けだし名言と思われます。
「失敗は人を作る。しかし、失敗すると、人は往々にしてトラウマに陥る。トラウマの間に、人は何を見るか?答えは、ウサギ(寅・卯・午)。こう言うと、日本人はとかく、辰と巳は何処に行った?と聞きたがるが、そんなことは細かな話。ところで、トラウマに陥った人が毎日食事に通うのはどこか?それは、なか卯である。」。これはとんだ親父ギャグ(失礼?)でありましたが、このように、随所にダジャレや親父ギャグをちりばめながら、講演は楽しく続きました。
人には思い込みで判断する欠点があるという実例をひとつ。九州に講演に出掛けた折り、主催者から「先生は、砂利と穴では、どちらがお好みですか?」と質問され、何度も訊き返すのも失礼と思い、適当に「穴ですかね?」と答えたところ、質問者が聞きたかったのは、「JALか、ANAか?」ということだったらしい。「穴」と「ANA」ではイントネーションが違うはずだが、その地方の方言では「穴」のように聞こえ、そのように思い込んでしまったという話でした。
次いで、チャンスを掴む上で大切なことについて、江戸時代の徳川家剣術指南であった柳生家の家訓を引き合いに出して説明されました。同家訓には、才能のない人は縁(チャンス)があっても気づかず、凡人は気づいても見逃す。それに対し、才能のある人は、どんな小さなチャンスでも見逃さないと書いてあります。日頃からそんな触覚を研ぎ澄ましておくことが大切であると言っているのです。
また、明治の文豪、幸田露伴が主張した幸福三説(惜福、分福、植福)について、自らの福を使い切らない心掛けが、再び福を齎すという「惜福」、自らの福を他人にも分け与える「分福」、そして、将来のために幸せの種を蒔く「植福」という、福に対する3つの対応として解説され、中でも最後の「植福」が、将来に向けて努力を促すという意味で、最も大切であると語られました。
最後に、ルールが大好きでそこからなかなか踏み出そうとしない、日本人の国民性に触れられ、実はルールの外にこそ新しい発見があるはずで、新たなページを開く勇気、より広い世界に踏み出す勇気を持つことが大切であると指摘されました。
先生の現在の正式なタイトルは、「国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系教授」というのですが、「『宇宙』が3つも入っており、早口言葉のようで、すんなり紹介されたことがない」と、講演の冒頭にご自身も言われたとおり、どちらかと言うと、「JAXAの川口先生」と呼ばれる方がお好みのようでした。それほど、気さくで飾り気のないお人柄が感じられる講演会で、その上、稀代のエンタテイナーと呼びたくなるほどの軽妙な語り口に加え、内外の多くの先人たちの至言を引き合いに出しつつも随所にダジャレを交えて、挑戦の大切さにつき楽しく、そして熱く語って頂きました。
宇宙工学の権威がこれほどの話術をお持ちとは、好い意味で予想が裏切られた感じの、大いに楽しめる今回の講演会でした。
(文責:市村 雅博)