日 時 | 2016年10月24日(月)12時より |
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場 所 | 丸紅東京本社(東京日本橋タワー)23階大会議室 |
講 師 | 番匠(ばんしょう)幸一郎氏 |
演 題 | 「昨今の戦略環境と日本の安全保障」 |
2016年10月度の関東地区月例会では、昨年12月より、顧問として丸紅に勤務されている、前陸上自衛隊西部方面総監(陸将)の番匠幸一郎氏を講師としてお招きして、「昨今の戦略環境と日本の安全保障」と題し、日頃社友の皆様が接することの少ない、日本の戦略環境、防衛戦略といった観点からの講演をして頂きました。つい先頃まで現役の自衛隊幹部であった講師が、興味深いテーマについて語るということに加え、今回が本社事務所移転後初の講演会となったこともあり、多くの社友に参加を頂いた結果、140名収容の大会議室がほぼ満席となる大盛況となりました。
番匠氏は、イラク戦争における大規模戦闘終結宣言後の2004年、イラク人道復興支援を任務とする自衛隊の第一次復興支援群の指揮官として、現地で活躍をされたことで高名な方ですが、イラクでの活動中、丸紅の作ったODA病院が地域のシンボルとして立派に運営されており、世界に残る丸紅の仕事、フットプリントとして、大いに感銘を覚えたとのことです。その背景には、ご自身が、1992年4月から93年3月までの1年間、当社丸紅(国際業務部)に出向されていたことがあるのかも知れません。
講演は、現在の日本を取り巻く戦略環境の解説から始まり、日本として如何にしてそれらに対応していくかという問題に話を進めて行かれました。中でも、ご自身の現役時代の体験に基づき、今、西の防衛が如何に大切であるかということを強調されました。その必要性は、北極海を中心においた地図で地球を見た場合に、極めて顕著になります。冷戦時代にはソ連という脅威については、オホーツク海、バレンツ海という2つの重要な戦略ポイントがあり、日本から見た場合に、北の守りが最も重要なターゲットでした。1989年末で冷戦が終わり、現在、同じように日本海を中心とした地図を、ユーラシア大陸を下に、太平洋を上にして、通常と逆の角度から見た場合、日本列島を挟んで、オホーツク海と東シナ海・南シナ海が重要な戦略ポイントとなっていることがよく分かります。そこで、昨今の日本近海における中国の活動の活発化と防衛費の急増、北朝鮮のミサイル実験と核開発の脅威、ロシアの中国への接近と順に見て来ると、今の情勢は、日清・日露の戦争前夜の状況と極めて似通っていると、番匠氏は分析します。ただ、当時と現在とで大きく違うのは日米同盟の存在です。周辺諸国の動きに如何に対応していくかを考える時、アジア太平洋地域の安定に向けて、力による現状変更の動きを阻止する、日米による連携が大切であるというのが番匠氏の基本的な認識です。また、それ以外にも日本を取り巻く様々な危険、それはテロであり、大量破壊兵器であり、感染症や自然災害などであると言えますが、それらを含め、日本の安全保障上の脅威に対する抑止力の保持が如何に大切であるかということです。中でも、南西(島嶼)部の防衛は、本州に匹敵する領域を対象とするものであり、しかも多くの島々に分かれていることより極めて難しい任務となりますが、だからこそ、その重要性は高く、そのための装備強化、島嶼部への部隊配置の充実や水陸両用作戦能力の強化が必要であると、番匠氏は強調されます。
昨年成立した平和安全法制には2つの意義があると言います。ひとつは、日本の平和と安全、もうひとつは、国際社会の平和と安全というものです。また、「武器力を使わないで済むため(抑止力)」の法整備という側面と、駆けつけ警護や在外邦人保護のための武器使用という、「使うため(対処力)」の法整備という2つの側面を持つとも言えます。この法律が出来たおかげで、緊急時の武器使用に法的根拠が生まれ、それを使用出来るのか、出来ないのかという無用な逡巡をせずに済むようになったほか、人道的な使命感や日本人としての誇りを現場の隊員は一層強く持つことが出来るようになったとのことです。
自衛隊の海外派遣に当たって、「派遣部隊はロバたるべきか、ライオンたるべきか?」と問われた場合、現に危険が存在する地域での活動においては、「ロバはライオンには成れないが、ライオンはロバに成れる」というのが答えであると言われます。つまり、インフラ構築などの復興支援だけを行うロバでいるよりも、イザとなれば強いと認められるような、ライオンであるべきであるということです。「屠龍之技」というのは、ムダなことの例えですが、ムダであることの大切さ、抑止力の大切さということを認識すべきであるというのが、基本的な考え方です。
防衛政策、防衛戦略については、社友の皆様の中には、様々な政治的立場、ご意見の方もおられると思いますが、自分とその家族、子孫の生命・財産を守りたい、国土を守りたいという思いについては、すべての国民共通のものであると思われます。その共通の思いが断ち切られるような事態とならないよう、常に国際環境の変化と現状に関心を持ち、それらに適切に対応していく方策について、真剣に考えていくことが大切であると改めて考えさせられる、大変有意義な講演でした。
(文責:市村 雅博)