行事報告

2014年04月28日 行事報告

関東地区4月度月例会

日 時 2014年4月28日(月)
場 所 丸紅東京本社16階講堂
講 師 山澤文裕氏
演 題 「スポーツ医学の可能性」

 皆様、お久しぶりです。ご紹介頂きました山澤です。1985年9月から慶應病院から丸紅診療所へパートタイム医師として派遣され、1991年から常勤の産業医を務めて、以来23年にもなります。私の‘人となり’は皆様方に鍛えて頂きました。


 さて、ソチオリンピックでは冬の大会としては金、銀、銅のメダルをはじめ最高の成績を残し、日本国民みんなに元気を与えてくれました。フィギュアスケートの羽生選手の仙台での帰国挨拶には9万人も集まりました。個人的には浅田真央選手のフリー演技が最高だったと思います。私は大変に感動しました。
 私自身は冬のオリンピック種目には関与してはおりませんが、1997年から日本陸上競技連盟(陸連)の医事委員長を務めております。
 陸上チームがオリンピックに初めてチームドクターを派遣したのは、2000年のシドニーのオリンピックで、私がチームドクターとして帯同しました。
 女子マラソンで優勝した高橋尚子選手には、ドーピング検査まで一緒に行き、翌日の表彰式では君が代を歌いました。大変に良い経験をさせてもらいました。 また、2003年のパリ世界陸上選手権では末次選手が日本人としてオリンピック、世界陸上を通じて初めて短距離種目で3位に入賞しました。それを目の当たりに見て、‘日本人の力’はすごいものだと確信しました。


 今日は陸上競技の話を交えてスポーツ医学・ドーピングに関することと、日本の最大の課題である少子高齢化のうち、高齢化をどう乗り切っていくかをスポーツ医学の観点からロコモ症候群の話を致します。
 ドーピングという言葉が日本語になったのは最近のことです。出発点は1988年のソウルオリンピックの男子の100mです。1位になったカナダのベン・ジョンソン選手に筋肉増強剤(蛋白同化薬)の使用が発覚して失格となり、2位のカールルイス選手が金メダルになったことです。
 このことは以前からあったことで、女子の円盤投げの年次最高記録はある年を境に右肩下がりで1988年の世界記録77mが2011年には66mになった。同じく女子の砲丸投げでも1987年の22.6mが2007年には20.5mまで下がった。共に10%も低下している。


 一般には競技の記録は進歩していくものだと考えられている。練習方法、栄養、靴、衣類、競技施設などすべての条件は良くなっていたはずなのにスポーツ医学、科学は何をしていたのか、ということになる。これを説明できるのはドーピングです。
 陸上競技は100年前からルールが変わっていないので、個人記録が残されている陸上競技で調べるのが一番良くわかります。年次最高記録の移り変わりにドーピングの爪痕を見ることができるわけです。


 なぜ記録が下がったのか理由は二つあります。一つは80年代後半に冷戦構造が壊れたことです。東側諸国は貧しい社会でありましたが、国威発揚の為に国ぐるみでドーピングをやっていたのです。冷戦構造がなくなり、東側諸国がドーピングのない同じルールで競技しなければならなくなったことです。
 女性の競技記録の低下が目立ちます。なぜなら、東側諸国では女性に筋肉増強剤を投与していました。蛋白同化薬投与は男性よりも女性によく効きます。女性は生体内で産生されるテストステロンが男性の40分の1しかない。これを外から投与すると、女性には男性に投与した場合よりも効果的ということです。その結果、東ドイツはオリンピック、世界選手権で陸上、水泳で500個以上のメダルを獲得しています。
 また、もう一つの理由は、予告なしのドーピング検査が始まったからです。競技大会のときだけでなく、練習期間中も抜き打ちのドーピング検査を行うようになり、抑止力が強くなりました。


 自転車競技のアームストロング選手の例を紹介します。彼は睾丸のガンが脳に転移しそれを手術で取るという大病を乗り越えて1999年から2005年までツール・ド・フランスで7連覇した英雄です。その彼が2013年にドーピングを行っていたことを告白しました。彼のやった方法は自己血輸血、赤血球新生刺激薬で、血液ヘモグロビンを増やすという方法です。その他にも蛋白同化薬、成長ホルモンなどをいろいろと乱用していました。


 競技成績は失効し、賞金はすべて剥奪されました。多くのスポンサー企業は裁判でアームストロング選手を訴えることを考えています。多分、彼は破産するでしょうし、名誉のかけらも残りません。
 ドーピングという言葉は、元々は南アフリカの原住民が興奮剤として使っていたのを、ボーア戦争時にオランダ人がヨーロッパに持ち帰ったのが始まりです。今、ドーピングは厳しい規制がされています。競技成績はすべて無効とされ、更に2年間(2015年からは4年間)の資格停止となります。これはフライング(フォールススタート)がその時の失格だけで済むのとの違いです。ウサイン・ボルトもフライングで失格したことがありますが、その後の活躍はご存知の通りです。


 ドーピングの方法は薬物使用と隠蔽工作があります。前者は試合中に効く興奮剤と、練習中に使用して効果を求める中長期的に使用される蛋白同化薬があります。蛋白同化薬はその日だけ使っても意味がありません。
 マリオン・ジョーンズは陸上界ではキラ星のような存在で、シドニーオリンピックでは5つのメダルをとったヒロインです。彼女は200回以上検査を受けましたが、検査で1回も陽性となったことがありません。しかし、彼女の周りがドーピング疑惑について騒ぎ始め、最後には連邦裁判所でドーピングについて自白し、すべての競技成績を剥奪され、また偽証罪で2003年には刑務所に収監されました。
 検査で見つけられなかった理由は、ドーピングに使用された物質を検出する方法がなかったためです。2000年の時点では成長ホルモン等は禁止さしてはいましたが、検出できませんでした。また、ある種の蛋白同化薬に操作を加え、新しい薬に作り直し、基準物質がない状態になった物質(Clear)を使うことにより、免れていました。ずるいやり方です。


 アテネのオリンピック、世界陸上の100mで金メダルをとったアメリカのガトリン選手の場合は、蛋白同化薬を注射ではなく体に塗りたくり、更にバレないように別の薬(隠蔽薬)も同時に塗っていました。実に巧妙なやり方です。 4×400mリレーでは1人のドーピングの発覚で4人全員が金メダルをはく奪された例もあります。


 一方、隠蔽工作の代表例をアテネオリンピックのハンマー投げに見られます。1位となったハンガリーのアヌッシュ選手はドーピングが発覚して失格し、室伏選手が銀メダルから金メダルに繰り上がりました。私も金メダルを触らせてもらいましたが、うれしかったですね、感動しました。
 さて、アヌッシュの隠蔽工作のやり方は検査用の尿の置換です。チューブの先端に風船玉のような液体保管袋があり、そこにドーピングと無関係なクリーンな尿を入れ、液体保管袋を肛門内に隠しておいたのです。ドーピング検査の際にはあたかも自分の体内から排尿しているかのように、その尿をチューブの先から出しました。円盤投げで1位になった選手も同じ方法を使っていましたが、排尿の姿勢が不自然で現場でバレました。
 当時、室伏選手から聞いたのですが、アヌッシュは5投目の後にトイレに行ってフィールドに戻ってきた。6投目で室伏選手がアヌッシュの記録を抜けなかったので、アヌッシュは6投目を投げずに終了した。競技終了後に2人ともドーピング検査室に入ったが、アヌッシュは先ほど排尿したばかりなのに、すぐにドーピング検査用の尿検体を出していた。時間から考えて、これはおかしいと思ったと彼は言っていました。


 実は、そんなことをしないでもチャンピオンの遺伝子を持っている人がいます。クロスカントリーのオリンピックチャンピオンで赤血球が大変多かった人がいます。
 スポーツのパフォーマンスに関しては、持久能力、筋肥大など大きく4つの遺伝子群が関連しています。この4つはすべての人が生まれながらにして持っていますが、この内の一つでも優れていると特別な能力が高くなります。
 マウスの実験では筋肉の組成を変えた(速筋を遅筋に変えた)ら長時間走れるようになった。筋肥大を促進(抑制因子ミオスタチンを抑制する)したマウスと牛の例をお見せします。ものすごい筋肉のつき方になります。
 この方法は筋肉に病気を持つ患者さんに医療として使われると大きな効果がある可能性があります。但し、筋肉を強くしたら例えば投擲種目が強くなるかといえば、別の問題があります。バランスが崩れて筋肉の強さに腱や骨が耐えられないでしょう。筋肉だけが強くなっても、競技力は伸びません。
 筋力が強い能力を持った家系が証明されています。オスタチンの変異があり筋肉が肥大していました。生後6日で立ち上がった赤ん坊がいます。ミこの赤ん坊の家系では力持ちが沢山出ていることがわかりました。
 現在のホットは話題としてはiPS細胞があります。これはある細胞を初期化して別の細胞に誘導していく技術です。大変な医学の進歩です。最初は網膜、脊髄損傷、パーキンソン病の治療から始まることでしょう。老化現象に対してiPS細胞治療が行われるとは考えにくいですが、病気を持つ方々には大変な朗報です。


 さて、次の話題ですが、皆様方が入社された昭和30年代の日本の人口構成はピラミッド型で人口も1億人以下でした。人口のピークは2008年の1億2,800万人で、その後減り続け2050年には今の3分の2位になると予想されています。更に高齢化が進行します。


 現在、日本人の死因のトップ3はガン、心疾患、肺炎です。これまでは不動の3位であった脳血管疾患が予防法の発達により肺炎に変わってしまいました。 肺炎は高齢社会になったから多くなり、寝たきり老人に多い。その死亡率は若年者に比べると1,000倍も高い。誤嚥によりむせて口中のバイ菌などが肺に入り炎症を起こす。しゃべりながらの食事は危ないので、すこしうつむき加減で、もくもくとゆっくり食事するのが誤嚥防止にはよい。また、歯磨きを励行する等、口中を清潔にすることも大切です。


 昨年度の日本のGDPは約500兆円、社会保障給付費は約110兆円ですが、2025年には150兆円にまで膨らむと予想されています。これを少しでも減らすことが課題です。
 社友会会員の平均年齢は76歳余りとお聞きしています。日本の男性の平均年齢は79.65歳です。健康寿命は70歳余りです。人生の最後を病気でいる期間が男性で9.13年、女性で12.68年とされています。この健康寿命と平均寿命をなるべく近づける必要があります。
 その為には免疫機能を引き上げることが必要です。人間には60兆個の細胞があり、1日1兆個入れ替わっています。そのうち5千個は、なんとガン細胞です。生体内のNK(Natural Killer)細胞が、このガン細胞をやっつけておりガンの発症を防いている訳ですが、このNK細胞が歳をとると20歳~30歳代の半分くらいに減ってしまう。免疫力が落ち、ガンが発生しやすくなっています。 免疫力を取り戻すには運動が一番良い。継続して運動をしている人は免疫力が高いことがわかっています。運動も楽しみながらやった方が良い。
 順天堂大学の奥村教授によれば、早死にする人の性格は真面目で何でも自分のせいにする人だそうです。商社の人はどうでしょうか。運動も一人でやっていたら体調不良のとき、だれも助けてくれません。


そこで標語を作ってみました、「いい人を やめてすっきり 長生きさ」 「運動は ちんたら楽しく 友人と」


 さて、最後の話題ですが、ロコモ症候群の話をします。ロコモティブ症候群の略です。メタボ症候群と比べて認知度は低いですが大切な概念です。
 関節・足腰の骨・筋肉などの運動器が衰え、「寝たきり」や「要介護」になる リスクが高い状態をいいます。要支援、要介護になる原因は転倒による骨折など整形外科的要因が21%と報告されています。原因はバランス能力の低下と筋肉の低下です。骨粗鬆症とか脊柱管狭窄症とか骨と関節の病気によることが多い。


 2009年に整形外科学会が発表したチェック項目があります。7つの内1つでも当てはまるとロコモ症候群の可能性があります。
① 立ったまま靴下がはけない。
② 家でつまずいたり滑ったりする。
③ 階段の上り下りに手すりが必要
④ 横断歩道を青信号で渡りきれない
⑤ 15分以上続けて歩けない。
⑥ 2㎏位の買い物の荷物を運ぶのが困難
⑦ 家のやや重い仕事(掃除とか)が辛い

次にロコモ予防体操をお教えしましょう。
① 柔軟体操 - 体をほぐす、体幹のストレッチ、
② 自重運動 - 片足立ち、スクワット

片足立ちとスクワットのこの2つで骨折、転倒が44%減少するといわれています。毎日、ご自宅でやっていただきたい運動です。この2つだけでOKです。椅子からの立ち上がりが4.5秒で5回できれば優れています。ふつうは6.5~8.5秒です。試してみてください。
 運動で気をつける点は、無理をしないこと、違和感があったらやめる、息を止めずにゆっくり呼吸する、義務感ではやらないことです。
 ポイントは1.ついでに、2.しながら、3.「もう少しできそう」でやめる、4.「どれだけ感じたか」を大切にすることです。
 ロコモ予防は、今からすぐに、気に入ったものを、ちょっとずつ、続けることが大切です。


 さて、2020年には東京オリンピック・パラリンピックが開かれます。国立競技場も新しくなります。8万人収容の宇宙船のような外観です。東京オリンピックでは私はメディカルの役目を引き受けることになると思いますが、金メダルの現場に居合わせたあの感動を、東京でまた味わいたいと思っております。
 成功させるには国全体の盛り上がりが必要です。皆様方のご協力をお願いします。





(文責:寺尾 勝汎)


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