行事報告

2025年05月28日 行事報告

2025年4月度関東地区社友会月例会

 4月度月例会では、元丸紅副社長・現丸紅顧問の松村之彦氏を講師にお迎えいたしました。同氏は 2021年~2024年までエストニア国駐箚(ちゅうさつ)特命全権大使を務め、昨年帰国されました。駐在時代の話を交えてエストニアの現在の情勢についてご講演いただきました。


日 時 2025年4月22日(火)14時~15時30分
場 所 丸紅本社(竹橋) 3階 大ホール
講 師  松村 之彦 氏(元丸紅副社長・現丸紅顧問)
演 題 小国エストニアの苦難の歴史と目覚ましい発展・成長の軌跡

<エストニアとの関わり>


こんにちは、松村です。私は丸紅に40年以上勤務し、2021年10月から3年間エストニア大使を務め、昨年10月に帰国しました。長年、会社収益やキャッシュフロー、成長戦略などの仕事に携わっていた人間が突然外交の世界に身を置くことはそう簡単なことではありませんでした。職業外交官ではないため、戸惑いや試行錯誤の連続でしたが、周囲の支えを受けながら充実した3年間を過ごしました。エストニアはIT立国で治安も良い先進国ですが、赴任後すぐにロシアのウクライナ侵攻が起こり、安全保障環境が激変しました。民間企業と外務省の業務の違いに苦戦しつつも、歴史に翻弄されながらも自国防衛に強い信念を持つエストニアから、大きな刺激を受けました。本日はエストニアの紹介と、3年間で感じたことを皆さんと共有したいと思います。

<エストニアの概要>

エストニアはバルト三国の一つで、人口約140万人、面積は九州ほどの小さな国です。1991年に旧ソ連から独立を回復し、わずか30年で急成長を遂げました。日本での認知度は低いものの、大相撲のバルト関の出身地ですと言うと皆さんそうですかと言われますね。彼は国会議員を務めたこともあり人気があります。一方、エストニアでは経済大国で歴史・文化があり観光資源も豊富な日本への憧れを持つ人が多いです。特に若者には日本のアニメや漫画が人気です。
エストニアの大きな特徴を四つ申し上げたいと思います。一つ目はロシアと国境を接していることと、ロシア系住民を多く抱えていること。二つ目が高い経済成長、三つ目が電子立国、四つ目がイノベーション先進国です。
まず地政学的にはロシアと国境を接しているということが最大のポイントです。ロシアとの国境は325キロあり、これは九州の縦の長さに匹敵します。ロシアと陸で国境を接している国は14カ国で、そのうちEUやNATOのメンバー国はエストニア、ラトビア、フィンランド、ノルウェーの4カ国です。エストニアの人口の1/4はロシア系の人です。ロシア系と言うのはロシア語を第一言語としている人たちです。エストニアはロシアに対する嫌悪感が強い一方、多くのロシア系住民を抱えているということが内政上の難しいポイントになっています。
二つ目が経済成長です。一人当たりのGDPを見ると1995年には2,700ドルでしたが、2024年には31,500ドルまで上昇しています。ほぼ日本と並ぶ水準です。ちなみに2024年で一人当たりGDPが2,700ドルレベルの国はどこかというとカンボジアやインドです。そこから30年で日本のレベルまで上がってきたということです。
次に三つ目の電子立国についてです。エストニアは現在、行政サービスは完全オンライン化され、効率的な運営が行われています。2002年に電子IDを導入したことをきっかけに、オンラインサービスが普及しデータの安全性や信頼性を確保しながら迅速な対応を行っています。現在、国連のオンライン化指標で世界2位にランクされ、首都タリンも都市別ランキングで1位を獲得しています。
最後に四つ目のイノベーション先進国についてです。エストニアには約1,500社のスタートアップがあり、ユニコーン企業を10社輩出しています。代表的な企業にはSkypeやBoltがあり、世界的に活躍しています。一方で、日本は人口規模に対してスタートアップの数やユニコーン企業が少なく、エストニアの取り組みから学べる点が多いと思います。エストニアの効率的なデジタル化やイノベーションの姿勢は注目すべき特徴です。




<今日までのエストニアの歴史>


エストニアは13世紀からデンマークやドイツ騎士団、スウェーデン、ロシアに支配される歴史を持ち、19世紀末までドイツ系の支配者層が存在していました。1918年に独立を果たしましたが、1940年にソ連に占領され、暗黒の1年間と呼ばれる時期を経験しました。この間、多くのエストニア人が虐殺されたり、シベリアへ追放されたり、あるいは自ら国外で避難したりしました。その後ナチスドイツに占領され、1944年には再びソ連に支配されました。第二次世界大戦中、人口は113万人から85万人まで減少しました。1991年に独立を回復するまで約50年間ソ連の統治下にありました。この過酷な歴史から、エストニア人はロシアに対する強い不信感・恐怖感・嫌悪感を持っています。エストニアは独立した後、NATOやEUに加盟し、旧ソ連諸国で初めてユーロを導入するなど国際的な地位を確立しました。国防においてはGDPの3.4%を国防費に充て、来年以降5%以上にすることを決定しています。徴兵制や民間防衛組織を維持しながら安全保障を強化しています。国防の対象は一がロシアで二もロシア、三も四も五もロシアです。そしてウクライナを負けさせてはいけないと、ウクライナへの軍事支援にも積極的で、すでにGDPの1.4%以上を軍事支援に充当していますし、2024年から4年間、毎年GDPの0.25%を支援に充てる計画です。また、45,000人のウクライナ避難民を受け入れ、手厚い保護や雇用支援を行っています。
現在、エストニアには在留邦人が約230名おり、留学生やエストニア人と結婚した日本人が主体です。丸紅は蓄電池の会社に投資し、バルト三国で唯一駐在員を置いています。人口約140万人の1/3が首都タリンに集中し、国の約半分が森林で世界一空気がきれいな国と評価されています。一方、バルト海は水深が浅く、シーフードの供給が限られています。冬は寒く暗い環境ですが、夏は夜遅くまで明るい特徴があります。

<エストニアが急成長した理由>

そして、ここからエストニアが短期間で急成長してきた要因について簡単に説明します。あくまでも私の見方なのですが、私は4つあると思っています。
エストニアの発展には、①国民性、②教育、③スタートアップ支援、④女性の活躍、が大きく寄与していると考えます。

①    国民は勤勉で時間厳守、きれい好きでシャイながら親密な関係を築く特性があり、
  日本人と似た価値観を持っています。
②    教育レベルは非常に高く、15歳を対象とした国際学力調査でOECD加盟国中3位にランクされ、
   学校教育では校長や教員に裁量権が与えられています。
   ITを活用した教育が普及しており、選択科目を重視した柔軟なカリキュラムが特徴です。
      また小学校低学年から英語教育がスタートし非常に英語力が高いです。
③    スタートアップは政府の支援もあり10年前の300社から現在1,500社ぐらいに増加しています。
      インドやブラジルからの熟練エンジニアが非常に増えています。
      また再投資を促すような税制が採用されています。
④    エストニアのジェンダーギャップ指数は世界22位に位置し、政治や経済分野で女性の活躍が進んでいます。
      元首相のカヤ・カッラス氏は現在EU外務大臣を務めるなど、優秀な女性リーダーを輩出しています。
      一方で、離婚率が高い点も特徴的です。

エストニアは小国ながらIT先進国として急成長を遂げましたが、優秀な個人力に恵まれている一方で組織的な対応力や継続性には課題が残ります。大阪万博への参加取り消しや杜撰なマネージメントによるインフラプロジェクトの大幅コスト超過などがその例です。また、人口減少や高齢化、不登校の問題に直面しており、出生率は1.4と日本に近い状況です。一方で、エストニア語をアイデンティティとして守り、高い教育レベルや英語能力を維持し、犯罪率の低い社会を築いています。日本は住みやすさが現状変革への意識を弱めている可能性がありますが、エストニアの取り組みから学べる点が多いと感じます。日本も直面する課題に取り組み自己変革に努力する必要があると思いますし、できると信じています。
最後に、首都タリンは中世の面影を残す美しい町です。ヘルシンキから直線で 80 キロ、豪華フェリーでわずか2時間の距離で、ヘルシンキからの日帰り旅行も十分可能です。観光地としても魅力的ですので、ぜひ訪問してみてください。

【 質 疑 応 答 】


<質問1>
ロシアとの関係について伺いたいです。エストニアにはロシア系住民が24%いますが、ロシア系住民が融合しているかどうか、エストニア系住民との貧富の差や政治的な問題について教えてください。


<回答1>
エストニアには人口の約24%がロシア系住民であり、彼らの考え方は世代によって異なります。若い世代はエストニアで教育を受け、自由な社会で育ったため、エストニアへの帰属意識が強い傾向があります。一方、シニア世代にはロシアへのノスタルジーを持つ人もいます。エストニア政府はソ連占領時代のモニュメントの撤去を進めていますが、大きな騒動にはならず、ロシア系住民の見方も徐々に変わってきていると思われます。国会議員の中にはロシア系の人たちもいますし、あまり差別は見られないと考えています。

<質問2>
エストニアの自給率はどのようになっているのか、特に農業の観点からどのような状況なのでしょうか。


<回答2>
エストニアの食料自給率は140%で、十分に自給自足できる体制があります。麦や畜産業が盛んで、豚や鶏、芋の生産も豊富です。田舎のレストランでも美味しい料理が楽しめるなど、エストニア料理は質が高いと評価されています。




<質問3>
バルト三国のラトビアとリトアニアとの関係はどうですか。また、ロシアとの国境について教えてください。


<回答3>
エストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国は共通の歴史を持ちながらも、言語や文化が異なります。対ロシアという共通の課題を抱えていますが、関係は良好です。若干傲慢かもしれませんが、エストニアは「経済面では自分たちが先を行っている」との認識があるように思います。それとエストニアでは無宗教の人が約54%を占め、宗教心は薄い傾向があります。毎週末に教会に行く人はあまり私の周りにはいませんでした。ロシアとの国境についてですが、すでに60キロのフェンスを作るなど、日頃の監視体制とフェンスの設置によりロシアからの不法移民や侵入を防いでいます。

<質問4>
エストニアがIT先進国として急成長した理由についてお願いします。

<回答4>
1997年に始まった「タイガーリープ計画」により、全ての学校にPCを配布し、教員にPC操作の訓練を行いました。これにより子供たちが幼少期からITに慣れる環境が整備され、IT教育が普及しました。これがIT急成長の基盤になっています。

<質問5>
エストニアでおいしかった料理は何ですか。

<回答5>
エストニア料理ではジビエ(鹿や熊)やブラッドソーセージなどが代表的ですが、街中にはエストニア料理以外にも美味しい料理がたくさんあります。訪問者は多様な食文化を楽しむことができます。


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